探偵小説漫想
夢野久作

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【テキスト中に現れる記号について】

《》:ルビ
(例)肱《ひじ》

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(例)[#ここから横組み]
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 何か書かなければならない。二三枚でいいという。
 机に肱《ひじ》を突いて暁の煙を輪に吹いてみる。
       ◇
 お前が書いているのは探偵小説じゃないという人が居る。腹が立つような立たないような妙な気持になる。
 しかし、あやまるのは早計だと思う。うっかりあやまったら書く事がなくなる。折角水面に顔を出したところを又突き沈められる義務はない。
 云う奴は自分一人が舟に乗って、ほかの奴を乗せまいとする奴だろう。舟になんか乗せてもらわなくともいい。自分一人で泳ぐばかりだ。
       ◇
 私は本格探偵小説が書けない。書いてもみたが皆イケナイ。本格物を書く事の味気なさが身に泌みる。
 その癖読むのは本格物、もしくは本格味の深いものが好きである。
 だから読者として本格物に対する註文は相当持っている。むろん無理な註文も多いに違いないが、それでも自分の註文に嵌《は》まった本格探偵小説を憧憬《あこが》れ望んでいる事は決して人後に落ちないつもりである。
       ◇
 読者を弄《もてあそ》ぶ探偵小説は嫌いである。探偵小説を書くなら正々堂々と玄関から、お座敷、台所、雪隠まで見せてまわらなくてはいけない。しかも退屈させないように、非常な興味を持たして案内して行かなければならない。
 この点が本格物の一番骨の折れどころではあるまいか。
       ◇
 奥歯に物の挟まったような書方をしたのはドウも面白くない。ところが本格物を書くとドウしてもソンナ筆致を用いなければ向うへ行けないのだからウンザリする。
       ◇
 抒景に行数を取られるのも有難くない。推理と抒景と並行する時、スルリと抒景と一致する時、本格物の痛快味が、忽然スパークを放射して、たまらなく爽快なオゾン臭を放つ。
 このオゾン臭の近代的感覚が探偵小説の独特の生命であると思って、私は心から歓喜しつつ吸入する。
 紙芝居式の謎々小説よ。呪われて在れ。
       ◇
 性格描写無用を叫ぶ者がある。
 性格をトリックに使う作者がある。
 どちらも両立し得ると私は思う。しかもドチラも作家的無良心に陥り易いようである。
   
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