々はもはや太陽の白光だけでは満足し得ないのだ。スペクトルの七色光だけでも既に満足し得なくなっているのだ。紫外、赤外線は勿論のこと、その中に横たわる暗黒線の内容までも分析して、何かしら戦慄的な、絶大恐るべき毒線を作る原素の潜在を確保しなければ、良心的に生き甲斐を感じなくなっているのだ。どこまでも探偵し、暴露して行かなければ本能的に満足が出来なくなっているのだ。

 探偵小説の使命はこれからである。
 全世界はまだまだそうした探偵小説の処女地である。何でもない暑中見舞のペン字の曲り目から、必死的な殺人の呪いが分析され、新しいハンカチの折目から持主の不倫行為の現場が映写し現わされ得る筈だ。
 この無良心、無恥な、唯物功利道徳の世界は到る処に探偵趣味のスパークが生む、新しい芸術のオゾン臭が、生々しく蒸《む》れ返っている筈だ。

 新人よ、疑懼《ぎく》し躊躇する事は絶対にない。
 日本民族の趣味は確実に、敏速に低下して行きつつ在る。肉慾から犯罪へ――文芸趣味から探偵趣味へ――唯物科学から、唯心分析へ――良心から――無良心へ――。

 だからコンナ風にも考えられるようである。
 探偵小説は、良心の
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