んだぞ……テンデ……」
「オホホホホホホホ……」
 女将の嬌笑が暗い部屋に響き渡った。その背後《うしろ》の浅黄幕《あさぎまく》の間から、ビックリ人形じみた女たちの顔が、重なり合って覗いている。
「オホホホ……恐れ入ります。まったくで御座いますよ先生。この町中の水物屋《みずものや》で、先生のお顔を存じ上げない者は御座いませんよ」
「ハハア。俺に似た喰逃《くいにげ》の常習犯でも居るのか……」
「まあ、御冗談ばかり……それどころでは御座いませんよ先生。先生のお払いのお見事な事は皆、不思議だ不思議だって大評判で御座いますよ」
「ううむ。扨《さて》は夜稼《よかせ》ぎ……という訳かな」
「そればかりでは御座いませんよ。いつも一杯めし上ると声色《こわいろ》使いや辻占《つじうら》売り、右や左なんていう連中にまで、よくお眼をかけ下さるので、そのような流し仲間では先生のお姿を拝んでいるので御座いますよ。先生は福の神様のお生れ変りで、いつもニコニコしておいでになるから縁起《えんぎ》がよいと申しましてね。どこの店でも心の中で先生のお出でを願っているので御座いますよ先生……」
「……ああ、いい気持ちだ。汗ビッシ
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