《ひるね》してんのよ」
「お初ちゃん呼んで頂戴……一銭遣って頂戴って……ね……」
「早くしないと何か持ってかれるわよ。早くさあ」
 と云ううちにミシミシと二階へ上って行く足音がする。
 きょうは妙な日だ。
 百万長者の娘に平身低頭されて、支那料理屋の女に泥棒扱いにされる。
「ああ寒《さむ》……急に寒くなっちゃった」
「ストーブの傍に居たからよ」
「……おお寒い。風邪を引いちゃった。ファックシン」
「あたしも寒くなっちゃった。ヘキスン……ヘッキスン……」
「ハックシン……フィックシイン。風邪が伝染《うつ》ったよ」
「ファ――――クショォ――ン。ウハァ――クショ――ン……コラ……」
「ホホホ。乱暴な嚏《くしゃみ》ねえ。アンタのは……」
「ああ。涙が出ちゃった」
「まだ洗濯物……乾かないか知ら……」
「一度に洗濯するのは考えもんよ」
「だって隙《ひま》がなけあ仕方がないわ」
「あんまりお天気が良過《よす》ぎたのが悪かったんだわ」
 二階から二人ばかり足音が降りて来た。
「呆れたねえ。何故表の扉《と》をシッカリ締めとかなかったの……折角《せっかく》ヒトが良《い》い気持ちで寝てたのに……フィック
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