振医学士閣下は吾輩の上華客《じょうとくい》だった事を思い出した。ブルテリヤ、狆《ちん》、セッター、エアデル、柴犬なぞ。飼犬の豪華版みたいだが心配する事はない。どれもこれも純粋種なんか一匹も居ないのだからヤヤコシイ。いい加減というよりも寧《むし》ろミジメな位の混合種ばかりが、尻尾振り合うも他生の縁という訳でギャンギャンキャンキャン吠え合っていたものだが、そいつが吾輩の顔を見ると一斉に吠えるのを止めて、尻尾を振り振り金網に立ちかかって来た。
 吾輩は胸が一パイになった。タッタ二時間、三時間のおなじみでもチャント記憶しているから感心なものだ。勿論、吾輩の顔や風態を見覚えている訳ではなかろう。亜歴山《アレキサンデル》大王は身体に薔薇《ばら》の臭いがしたという位で、吾輩みたいな偉人の体臭は、犬にとっても忘れられないものがあると見える。
 その中にタッタ一匹、歓迎の意を表しない奴が居る。隅っ子の特別の金網に入れられて息も絶え絶えに屁古垂《へこた》れている汚ならしいフォックス・テリヤだ。見忘れもしないこの間、山木|混凝土《コンクリート》氏の玄関前から掻《か》っ攫《さら》った一件だ。

     色男
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