暑いの何のって……二重マントの袖で汗を拭い拭いしてみたが明るい外界からイキナリ、暗い飼育室に来たもんだから梟《ふくろ》みたいに何も見えない。何ともいえない劇毒薬の蒸発するような動物臭が腸《はらわた》のドン底まで沁《し》み込んで行く。世界の終りかと思えるようなエタイのわからない悲鳴が、あとからあとから耳の穴に渦巻き込む。勿体なくも市内第一流の桃色ローマンスの糸の切端《きれはし》がコンナ処に落込んでいようなんて誰が想像し得よう。先《ま》ず一息入れて落付いてみる事だ。
居る居る。猫だの犬だのモルモットだのがウジャウジャ居る。雛《ひよ》ッ子を育てるような金網の籠に犬は犬、猫は猫と二三匹か四五匹|宛《ずつ》入れた奴がズーッと奥の方まで並んでいる。鶏《にわとり》も居るし小羊も居る。奥の方から羽二重《はぶたえ》を引裂くような声が聞こえる処を見ると、猿を飼っている贅沢な奴が居るらしい。まさか青二才の博士の卵が、猿の睾丸《きんたま》を使って若返り法を研究しているのじゃあるまい。
そんな動物連中の排泄物や、体臭や、猛烈に腐敗した食餌の落零《おちこぼ》れの発酵|瓦斯《がす》で、気が遠くなるほど臭い上に、
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