犬が欲しいんか」
まさかと思って冷やかし半分に、そう云ってみたのであったが、案外にもお合羽《かっぱ》さんが、如何にも簡単にうなずいた。
「ええ……そうなんですの」
「ほオ――オ。お前が動物実験をやるチウのか」
「……アラ……そうじゃないんですの……」
「ふむ。どんな犬が欲しい」
「それが……あの。たった一匹欲しい犬があるんですの」
「ふむ。どんな種類の……」
「フォックス・テリヤなんですの。世界中に一匹しか居ない」
「ウワア。むずかしい註文じゃないか」
「ええ。ですからお願いするんですの」
「ふうん。どういうわけで、そんなむずかしい仕事を吾輩に……」
「それにはあの……ちょっとコミ入った事情がありますの。ちょっとコチラへお這入《はい》りになって……」
と云ううちにイヨイヨ真赤になった。今度は平仮名の「く」の字から「し」の字に変った。打棄《うっちゃ》っておくと伊呂波《いろは》四十八文字を、みんな書きそうな形勢になって来たのには、持って生れたブッキラ棒の吾輩も負けちゃったね。今に「へ」の字だの、「ゑ」の字だのを道傍《みちばた》で書かれちゃ大変だと思ったから、悠々と帽子を取って一つ点頭《
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