コンナ立派な家の中から、あんな綺麗な声で呼ばれるおぼえは無い。間違いではなかったかなと思っているところへ、門の中から花のような綺麗な、お嬢さんの姿があらわれた。
年の頃十八九の水々しい断髪令嬢だ。黒っぽい小浜縮緬《こはまちりめん》の振袖をキリキリと着込んで、金と銀の色紙と短冊の模様を刺繍した緋羅紗《ひらしゃ》の帯を乳の上からボンノクボの処へコックリと背負い上げて、切り立てのフェルト草履の爪先を七三に揃えている恰好は尋常の好みでない。眼鼻立《めはなだち》が又ステキなもので、汽船会社か、ビール会社のポスター描《か》きが発見したら二三遍ぐらいトンボ返りを打つだろう。
そいつがニッコリ笑うには笑ったが、よく見ると顔を真赤にして眼を潤《うる》ませている。まさか俺に惚れたんじゃあるまいが……と思わず自分の顔を撫でまわしてみたくらい、思いがけない美しい少女であった。
「何だ……吾輩に用があるのか」
「……エ……あの。ちょっとお願いしたい事が御座いますの」
と云ううちに、しなやかな身体《からだ》をくねくねという恰好にくねらせた。しきりに顔を真赤にして自分の指をオモチャにしている。
「……ハハア。
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