、新聞と検事に背中をたたかれたたかれ財産と臓腑の清算、尻拭い中である。その奥さんは、その亭主の尻拭い紙である色々な重要書類を紛失したのを苦にして、発狂して死んでしまった……と云ったら誰でも「ああ。あの混凝土《コンクリート》野郎か」と云うであろう。
その混凝土《コンクリート》氏こと、山木《やまき》勘九郎氏邸の前を通ると、鬱蒼《うっそう》たる樫《かし》の木立の奥に、青空の光りを含んだ八手《やつで》の葉が重なり合って覗いている。その向うにゴチック式の毒々しい色|硝子《ガラス》を嵌《は》め込んだ和洋折衷の玄関が、贅沢にも真昼さなかから電燈を点《つ》けて覗いているもう一つ向うに、コンクリートの堂々たる西洋館が聳《そび》えているところを見ると、如何にも容易ならぬ金持らしい。ちょっと忍び込んでみたくなる位である。多分、あの樫の木の闇《くら》がりが御自慢なのであろうが、混凝土《コンクリート》を喰った証拠に混凝土《コンクリート》の家を建てるのはドウカと思う。……なぞと詰まらない反感を起しながら門の前を通り過ぎようとしているところへ、その鬱蒼たる樫の木闇《こくら》がりの奥から聞こえたのが今の呼声だ。
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