あ可愛相《かわいそう》に……コンナ非道《ひど》い事をして……ジッとしておいで、外《はず》して上げるから。イクラお肴《さかな》を盗んだってアンマリじゃないか。死んだら化けて出ておやり。憎らしい……」
 なんていうのには百の中《うち》一つも行当らない。
 もう一つ猫をやめた理由は、ドウも犬と猫との間に需要、供給の不公平があるらしい。犬の余り物の方が実際上、猫よりも遥かに多いんだ。
 俗に三味線太鼓といって三味線は猫の皮、太鼓は犬の皮ときまっているらしいが、猫の皮は日本国中、自惚《うぬぼれ》と瘡毒気《かさけ》の行渡る極み、津々浦々までペコンペコンとやっているが、太鼓の方はそうは行かない。イクラ非常時だからといったってあっちへドンドンこっちへドンドンやっていたら日本中が「お月様イクツ」になってしまう。だからワンワンの廃《すた》り物の方がニャアニャアのルンペンよりも遥かに多い訳だ。
 尤《もっと》もいくらワンワンだって、無鑑札の廃物ばかりを狙っている訳じゃない。時には必要に応じて有鑑札のパリパリを狙う事もある。コイツは極く内々の話だがトテモ珍妙な事件が在るんだ。ツイこの頃の事だ。
 今云った天狗
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