ったら承知しねえぞ」

     天狗猿教授

 ……どうしてソンナ奇抜な商売を思い付いたかって云うのか。ナアニ、吾輩が発明したんじゃない。向うから発明してくれたんだ。
 前にも話した通り吾輩は、パトロンの有閑未亡人|亜黎子《ありこ》さんの爆発昇天後、世の中が紐《ひも》の切れた越中褌《えっちゅうふんどし》みたいにズッコケてしまって何をするのもイヤになった。毎日毎日どこを当てどもなく町中をブラブラして、料理屋のハキダメを覗きまわったり、河岸縁《かしっぷち》の蟹《かに》と喧嘩したり、子供の喧嘩を仲裁したり、溝《どぶ》に落ちたトラックを抱え上げてやったりしているうちに或日の事、大学校の構内へ迷い込んだ。吾輩これでも亜黎子未亡人のお蔭で、世界有数の大学者になっているんだから、学問の臭いを嗅《か》ぐとなつかしい。どこかで学者らしい奴にめぐり会わないかなあ、会ったら一つ凹《へこ》ましてやりたいがなあ……なんかと考えながら来るともなく法医学部の裏手に来ると、紫陽花《あじさい》の鉢を置いた窓から吾輩を呼び止めた奴がある。
「オイ君君……君……ちょっと……」
 見ると相当の老人だ。顔が天狗猿《てんぐざる
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