ッグという奴はいつでも気の利かない動物らしい。

     癇癪くらべ

 そんな事はドウデモ宜《い》い。吾輩はグングンと廊下に侵入した。暗い廊下の左右に並んでいる部屋を一つ一つ開いて検分して行く中《うち》に、一番奥の一番立派な部屋の中央に、巨大なロココ式ガラス張りのシャンデリヤが点《とも》っているのを発見した。
 そのシャンデリヤの下に斑白《はんぱく》、長鬚《ちょうしゅ》のガッチリした面《つら》つきの老爺《おやじ》が、着流しのまま安楽椅子に坐って火を点《つ》けながら葉巻を吹かしている。写真で見たことのある唖川伯爵だ。七十幾歳というのに五十か六十ぐらいにしか見えない。嘗《かつ》ての日露戦争時代に、陸海軍大臣がハラハラするくらい激越な強硬外交を遣《や》っ付《つ》けた男で、この男の一喝に遭《あ》うといい加減な内閣は一《ひ》と縮みになったものだから痛快だ。成る程、掛矢《かけや》でブンなぐっても潰れそうもない面構えだ。取敢えず敬意を表するために、吾輩は山高帽を脱ぎながらツカツカと進み寄って、恭《うやうや》しく頭を下げた。
「……キ……貴様は……何か……」
 まるで頭の上に雷が落ちたような声だ。
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