道の心得か何かあるらしい。吾輩の胸をドシンと突いたが、吾輩微動だにしなかった。向うに柔道の心得があればコッチにルンペンの心得がある。相手が用人棒だろうが何だろうが、身構えたら最後、金城鉄壁、動く事でない。
「……か……閣下は貴様のような人間に御用はない」
「ハハハ、そっちに用がなくともこっちにあるんだ」
「ナ……何の用だ……」
「貴様のような人間に、わかる用事じゃない。人柄を見て物を云え。何のために頭が禿げているんだ」
 禿頭の色が紫色に変った。慌てて背後《うしろ》の扉《ドア》にガッチリと鍵をかけた。
「会わせる事はならん」
「八釜《やかま》しい」
 と云うなりその紫色の禿頭を平手で撫でてやったら、非常に有難かったと見えて、羽織袴のまんま玄関の敷石の上に引っくり返ってしまった。その間に吾輩は巨大な真鍮張《しんちゅうば》りの扉《ドア》に両手をかけてワリワリワリドカンと押し開《あ》けた。そこから草原《くさはら》みたいな柔らかな絨壇の上に上って、背後《うしろ》をピッタリと締切ると、外でワンワンワンとブルドッグの吠える声と、自動車の中で女たちの悲鳴を揚げて脅える声が入り交って聞えて来た。ブルド
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