ない。波打ちも、倒おれも、折れも曲りもしないのだから癪《しゃく》に障《さわ》る。第二に、ほかの処に生えている毛はミンナ真白いのに、この毛一本だけが黒いのだから怪《け》しからん。まるで外国の廻わし者みたいな感じだ。最後に気に入らないのは、その毛の尖端《さき》が、ちょうど避雷針みたいに、吾輩の鼻の頭と真向いになっている事で、逆立ちをするたんびにその毛を見ると、鼻の頭が思わずズーンと電気に感じて来る。何だってこのオヤジはコンナ気まぐれな毛をタッタ一本、脳天の絶頂にオッ立てているのだろうと思うと、寝ても醒めても苦になって、イライラして仕様がなくなった。しまいには毎日一度|宛《ずつ》その禿頭の上で逆立ちするのが死ぬ程イヤになって来た。
そこで吾輩はトウトウ決心をして或る日の事、幕前の時間を見計《みはか》らって木乃伊《ミイラ》親爺に談判してみた。
「親方。ほかの芸当なら何でも我慢するが、アノ親方のアタマの上の逆立ちだけは勘弁してくれんかい」
親方は面喰らったらしかった。赤い鼻をチョット抓《つま》んで眼を丸くした。
「何で、そんげな事を云い出したんかい」
吾輩は頭を掻《か》いた。マサカにタッタ
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