ョリになっちゃった。本気にするぜオイ……」
「嫌《いや》で御座いますよ先生。私がまだ十一か十二の時に、両親の病気を介抱しいしいコチラの遊廓で辻占を売っておりました時分に……」
「アッ。君はあの時の孝行娘さんかえ。これあ驚いた。そういえばどこやらに面影が残っている。非道《ひど》いお婆さんになったもんだね」
「まあ。お口の悪い……でも先生はあの時からチットも御容子《おようす》がお変りになりませんわね。昔の通りのお姿……」
「アハハ。貴様の方がヨッポド口が悪いぞ。変りたくとも変れねえんだ」
「アラ。そんな事じゃ御座いませんわ」
「おんなじ事じゃないか」
「……でも、そのお姿を見ますとあの時の事を思い出しますわ。『ウーム。貴様が新聞に出ていた孝行娘か。こっちへ来い。美味《うま》いものを喰わせてやる』と仰言《おっしゃ》って、お煙草盆に結《ゆ》った私の手をお引きになって、屋台のオデン屋へ連れてってお酌をおさせになるでしょう。それから私の手をシッカリ掴んで廓の中をよろけ廻りながら御自分で大きな声をお出しになって『河内《かわち》イ――瓢箪山《ひょうたんやま》稲荷《いなり》の辻占ア――ッと……ヤイ。野郎……買わねえか』と云う中《うち》に通りすがりの御客を、お捕まえになるでしょう。あんな怖い事は御座いませんでしたわ。『何をパチクリしていやがるんだ篦棒《べらぼう》めえ。マックロケのケエの手習草紙みたいな花魁《おいらん》の操《みさお》に、勿体ない親御様の金を十円も出しやがる位なら、タッタ二銭でこの孝行娘の辻占を買って行きやがれ。ドッチが無垢《むく》の真物《ほんもの》だか考えてみろ。ナニイ、五十銭玉ばっかりだア。嘘を吐《つ》け。蟇口《がまぐち》を見せろ。ホオラ一円札があるじゃないか。コイツを一枚よこせ。釣銭なんかないよ。お釣が欲しかったら明日《あした》の朝、絹夜具の中で花魁から捻《ね》じ上げろ。ナニ、高価《たけ》え?……シミッタレた文句を云うな。勿体なくも河内瓢箪山稲荷の辻占だ。罰が当るぞ畜生。運気、縁談、待人、家相、病人、旅立の吉凶《よしあし》、花魁の本心までタッタ一円でピッタリと当る。田舎一流|拳骨《げんこつ》の辻占だ。親の罰より覿面《てきめん》にアタル……この通り……ポコーン……』とか何とか仰言って、買ってくれた人の横ッ面《つら》を……」
「ハハハ。そんな事があったっけなあ。酔払っていたものだから忘れてしまったわい」
支那料理
「あれから私いろいろと苦労致しましたわ。両親に死別れてから芸妓《げいしゃ》になったり、落語家《はなしか》の兄さんとくっ付いて料理屋を始めたり、それから上海に渡って水商売をやったりして、いくらか大きく致しておりますうちに、上海の戦争で亭主の行方がわからなくなりますし、御贔屓《ごひいき》の旦那様からは見放されるしでね。いくらかスコ焼けになりまして……先生にお隠ししたって始まりませんから、真実《ほんと》のところを申上げるんですけど……私を見放した人には怨《うら》みが残っておりますし、ここに居ります娘さん達が、私から離れませんものですから、一つ乗るか反《そ》るかで日本へ帰りまして、やっと二三箇月前にこんな横ッチョへ店を開きましたのに、モウ先生がお出で下さるなんて縁起がいいどころじゃ御座いませんわ。あたしゃ嬉しくって嬉しくって、胸がモウ一パイ……」
と云ううちに吾輩の胸へ縋《すが》り付きメソメソ泣き出した。
「いい加減にしろよ。若い女たちが見てるじゃないか。モウ一遍俺の手に縋って辻占を売りに出る年でもあるめえ」
「……これからもドウゾこの店の事を、よろしくお頼み申上ます……誰も……どなたも……相談相手になって下さる方がないのですから」
「フウム、成る程。そういえば何もかも新しいようだナ。何だってコンナ処に支那料理屋なぞ作ったんだ」
「ホホホ。恐れ入ります。どうも表通りにはいい処が御座いませんので、それに支那料理なんて申しますと、どうも横町じみた処が繁昌いたしますようで……」
「イカニモなあ、ところでホントに支那料理が在るのか」
「オホホ。御冗談ばかり。チャント御座いますわ」
「怪しいもんだぜ。真昼間《まっぴるま》、表を閉めて、女将さんが二階でグウグウ午睡《ひるね》をしている支那料理といったら大抵、相場はきまってるぜ」
「ホホ。相変らずお眼鏡で御座いますわねえ。どうぞ御遠慮なく御贔屓に……ヘヘヘヘ……」
「変な笑い方をするなよ。今日は飯を喰いに来たんだ。腹が減って眼が眩《くら》みそうなんだよ」
「……まあ……気付きませんで……御酒《ごしゅ》はいかが様で……」
「サア。酒を飲むほど銭《ぜに》があるかどうか」
「ホホホ。御冗談ばかり。いつでも結構で御座いますわ。見つくろって参りましょうね」
「ウム。早いものがいいね。それか
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