たくも生きたくもないといったようなアンバイでブラリブラリやっている中《うち》に、イツの間にか現在の職業に転落して来ると又、世の中がチットずつ面白くなって来た。
 何しろ世間の人間が殆んど気附かないでいて、ステキに儲かる商売だからね。又気付いたにしたところが、滅多《めった》に手を出せる商売でもないんだがね。イイヤ。詐欺でも泥棒でも、乞食でも何でもない。そんな間《ま》だるっこいヘゲタレ商売とはタチが違うんだ。詐欺と泥棒と乞食の上を行く商売だ。毎日毎日往来を歩きながら、オール日本人の生命《いのち》の綱を握っていようという、警察でも大学でも吾輩の前には頭が上らない上に、毎日|美味《うま》い酒が飲めようというんだから大した商売だろう。
 ……そんなドエライ商売がどこに在るかって……ここに在るんだ。この破れマントのポケットの中に在るんだ。今見せてやろう。ホラこの通りだ。

     博士製造業

 何を隠そう。吾輩の職業というのは医学博士を製造するのが専門だ。
 笑っちゃイカン。世の中に何が気楽だといったって医学博士を製造する位ワケのない仕事は無いんだ。一人前の掏摸《すり》やテキ屋を作るよりもヨッポド容易《やさ》しい仕事なんだ。
 先《ま》ず博士の卵を探し出すんだ。博士の卵なんて滅多に居ないようだが、気を付けてみると虱《しらみ》の卵と同様、そこいらにイクラでも居るんだ。天下の青年、悉《ことごとく》博士の卵ならざるなしと云っていい位なんだ。
 その中でも理窟の強い奴の方が見込がある。何でも理窟の世の中だからね。「親は何故《なにゆえ》に吾々を生みたるや」ナンテいう余計な事を、一生懸命に考え詰めて、何でもカンでも理窟に合わせて終《しま》わないと鳥目だの、近眼《ちかめ》だの、神経衰弱になる位、熱心な奴ならイヨイヨ上等だ。
 その結果「親は面白半分に吾々を作りし者也」と解決を付けた奴は取敢えずアメリカあたりの文学博士になる奴で、「故に吾々は親に対して責任無し」と結論する奴はソビエット直輸入の赤い法学博士の卵だろう。「[#ここから横組み]1×1=1[#ここで横組み終わり]」なるが如しと論ずる奴は多分の独逸《ドイツ》工学博士を含んだ卵で、「親は自分の老後を養わせむために吾々を生みし者也」と解釈する奴は仏蘭西《フランス》経済学博士の輸入卵と思えばいい。「その理由を発見する能《あた》わず」と叫ぶ奴はソックリそのままイギリスの哲学博士で、従って「結婚の生理的結果也」と感付いた奴が、最有力な日本の医学博士の雛《ひよ》ッ子になる訳だ。
 そんな奴に「人間に喰付かれた犬は如何なる病気を感染するか」とか「猫の失恋ヒステリーの治療法|如何《いかん》」とかいったような問題と一緒に、数十匹の犬や猫を宛《あ》てがっておくと大抵、半年、乃至《ないし》、三年ぐらいで解決して来る。「人間に喰付かれた犬は泥棒犬になる」とか「三味線に張って猫ジャ猫ジャを弾く」とかいう論文を提出して博士になる。
 ナアニ、吾輩が論文を書いてやるんじゃないよ。その研究用の犬や猫を提供するのが吾輩の本職なんだ。イヤ、笑いごとじゃないよ。そこいらの大学や医学校なんか吾輩が居なくなったら、忽《たちま》ち一切の研究が停止するんだから大したもんだろう。
 その犬や猫をどこから仕入れて来るかって。アハハ。仕入れて来るといえば立派だが、実をいうと拾って来るんだ。往来の廃物を拾い集めて、博士製造の材料に提供する商売だから非常な国益だろう。むろん鑑札も免状も、税金も何も要らない。商売往来にも何も無い。天下御免の国益事業だ。
 もちろんこの商売を公認させるには相当の骨を折っている。この商売を初めてから間もなく、警察へ引っぱられて調べられた事がある。
「イクラ無鑑札の犬でも、持主の承諾を経ないで掻《か》っ浚《さら》いをするのは怪《け》しからんじゃないか」
 とか何とか、お説教じみた事を吐《ぬ》かしおったから吾輩、一杯景気で、逆襲を喰わせてやった。
「利いた風な事を云うな。日本の警察はまだまだズッと大きな罪悪を見逃がしているんだぞ。彼《か》の活動写真屋を見ろ。あんな映画を一本作るために、映画会社が何人の男女優を絞め殺したり、八ツ切《ぎり》にしたりしているか知っているか。しかもその俳優たちは、みんな町から拾って来た良家の子女ばかりじゃないか。まして況《いわ》んや彼《か》の議会を見ろ。何百の議員の首を絞めたり、骨を抜いたり、缶詰にしたりして富国強兵の政策を決議させる。その議員というのは政党屋が、全国各地方から拾い上げて来た我利我利亡者《がりがりもうじゃ》ばかりじゃないか。吾輩が、町から拾って来た動物のクズを殺して、博士を作るくらいが何だ」
 とか何とか煙《けむ》に巻いて帰って来たが、妙なものでソレ以来スッカリ警察と心安くなってしま
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