でしょう。自分はいつの間にか髪から髯まで真白になって、神様のような白い大きな着物を着ています。それと一所に気持ちまでも神々しく清らかになって、今までの苦しかった事も悲しかった事もすっかり忘れてしまいました。
「そら、神様のお眼ざめだ」
 と大勢の天女たちは皆一時にひれ伏しました。
 勘太郎はそのまま神様の気持ちになってそこに止《とど》まりました。もう何も食べる事も心配する事もありません。只毎日天女たちの春の歌を聞き、面白い春の舞を見ているばかりでした。
 或る日、勘太郎は大勢の天女たちと一所に住居《すまい》を飛出しました。門口を出てからふり返って見ると、自分達の住居《すまい》はこの間山奥の岩の間に立てかけた樫の丸太の中程にある小さな小さな虫の穴でした。
 勘太郎は何より先に自分の昔の住家の処に来て見ました。見るとそこには昔の通りに自分の家があって、前にはこれも昔の通りに炭焼竈があります。オヤ、今度は誰が炭を焼いているのだろうと思って見ていますと、間もなく家の中から出て来たものは昔の勘太郎そっくりの男で、着物までも同じ事です。その男は神様の勘太郎の姿を見てこう云いました。
「ああ、蝶が沢
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