い悲しいそのいのち
たれがあわれと思おうか

小さい小さい虫一つ
たれがあわれと思おうか
[#ここで字下げ終わり]
 このうたがだんだん耳に近くに聞こえて来ましたから、勘太郎はフッと眼を開いて見ましたら、真暗な中に美しいお姫様が一人突立って、奇麗な両袖を顔に当て、さめざめと泣いている姿がありありと見えました。
 勘太郎は驚いてはね起きますと、これは夢で、もう夜が明けていて、表には一パイ雪が降り積っているのが見えました。
 勘太郎は寝過ぎたと思って、急いで竈の前に行って火を入れようとしましたが、どうしても昨夜《ゆうべ》の夢が気になってたまりません。カマドの中には樫の樹も沢山に入れてあるのですから、その中には虫が一匹もいないという事はありません。又樫の樹に限らず他の樹にも虫が住んでいない筈はありませんから、どちらにしても虫共が今日その住居《すまい》ごと焼き殺される事を知ったら、きっと悲しがるに違いありません。
「ちいさいちいさい虫一つ
 たれが憐《あわれ》と思おうか」
 という夢の中の歌が、雪に包まれた竈の中から勘太郎の耳に聞こえて来るように思われました。
 勘太郎は思い切って、折角築いた
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