さしてしまう。筋からハグラかされてアクビを出すか、本を投出すかするところがあるのだから、こんなのは先ず遠慮した方が賢明である。
そうかといって猫舌とか、鰐口とか、黒手とか赤足とかいったような突飛《とっぴ》な名前を持出すと、その一つでも全篇の実感をワヤにする虞《おそれ》がある。又は長谷倉とか東海林とかいったような稀有の実在名を持出すと振仮名の間違いという恐ろしい危険に陥り易いし、わざとらしい感じが必ず附き纏うのだから万止むを得ない限り使わない方が無難と考えられる。
第四の条件は実在の名前を……たとえば電話帳などに多く出て来る名前をなるだけ使いたくない事である。
前にも述べた通り、実在しない突飛な名前を使うと、読者の記憶へは残り易い代りに、この全篇の迫真性を極度に薄める虞《おそ》れが非常に大きい。馬琴などは石亀屋地団太だの鼠川嘉治郎なんていうのを平気で使っているが、今頃使ったら物笑いの程であろう。
しかし一方に実在の名前をなるたけ使おうとすると困る問題が一つ出て来る。
これも前述の通り探偵小説では善人と悪人とをハッキリ区別しなければならない場合が非常に多いのだから、善人の場合は
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