の感が深いのは主人公の名前で、特に探偵小説の場合に於て、そうではないかと思われる。明智小五郎、手塚竜太、帆村荘六、俵巌、シャアロック・ホルムズ、アルセーヌ・ルパン、ルコック、ソーンダイク、エラリー・クイーン等々の名前は、単にその名前が紙面に顔を出しただけでも読者の血を湧かす。その人物の風采《ふうさい》性格から、その服装までもが躍如として眼前に浮み上る。朝雲を破る太陽の如く、深夜を掃照するサーチライトの如く、全篇の生気を一挙に躍動させ初めるのだから大したものである。しかも、ほかの名前では絶対に読者が承知しないのだから作者も一生懸命になって首をひねらざるを得ないのである。
名前は忘れたが露西亜《ロシア》の或る作家は、作中の人物の名前に相応《ふさわ》しいのが見当らないために一日中モスコーの町中の表札を覗きまわって、足が棒だか棒が足だかわからなくなったという。そうしてヤットの思いで気に入った名前を発見した時のその作家の喜びようといったら、それこそ歓天喜天、手の舞い足の踏むところを知らなかったという。
もちろん私は、それ程の苦心をしたおぼえはない。今の世の中では電話帳というものや、紳士録と
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