夢野久作

−−
【テキスト中に現れる記号について】

《》:ルビ
(例)塵《ちり》
−−

 塵《ちり》だ。塵だ。おもしろい、不可思議な、無量無辺の塵だ。
 大空を藍色に見せ、夕日を黄金色に沈ませ、都大路の色硝子に曇って、文明の悲哀を匂わせる。
 広大な塵の芸術だ。
 深夜の十字街頭に音もなく立ち迷うて、何かの亡霊に取り憑かれたかのように、くるくるくると闇黒の中に渦巻き込む塵の幾群れが見える。それはちょうど古い追憶の切れ目切れ目に、われともなくわれ自身を逃れ出して行く、くるしみの幾群れに見える。
 モノスゴイ塵の象徴力である。

 店の先に並んでいるいじらしい果物たちの上から、その並んでいる事が罪悪であるかのように、白い塵がコッソリ蔽い冠さって来る。そのマン丸い、うるうるした瞳と新鮮な頬の輝やきを曇らせて、はかなくも白け渡った投影を仄めかす。ことさらに瓦斯の灯の青ざめ渡る夏の夜になると、それらの水々しい処女と童貞たちの臍の中を、一つ一つ灰色の垢に埋めて、さもなくとも明け易い夜もすがらを、おのがじしに咽《むせ》び歎かせるのだ。
 意地の悪い、痛々しい塵の戯《たわむ》れではある。


次へ
全5ページ中1ページ目


小説の先頭へ
文字数選び直し
夢野 久作 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ 登録 ご利用方法 ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング