塵
夢野久作
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【テキスト中に現れる記号について】
《》:ルビ
(例)塵《ちり》
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塵《ちり》だ。塵だ。おもしろい、不可思議な、無量無辺の塵だ。
大空を藍色に見せ、夕日を黄金色に沈ませ、都大路の色硝子に曇って、文明の悲哀を匂わせる。
広大な塵の芸術だ。
深夜の十字街頭に音もなく立ち迷うて、何かの亡霊に取り憑かれたかのように、くるくるくると闇黒の中に渦巻き込む塵の幾群れが見える。それはちょうど古い追憶の切れ目切れ目に、われともなくわれ自身を逃れ出して行く、くるしみの幾群れに見える。
モノスゴイ塵の象徴力である。
店の先に並んでいるいじらしい果物たちの上から、その並んでいる事が罪悪であるかのように、白い塵がコッソリ蔽い冠さって来る。そのマン丸い、うるうるした瞳と新鮮な頬の輝やきを曇らせて、はかなくも白け渡った投影を仄めかす。ことさらに瓦斯の灯の青ざめ渡る夏の夜になると、それらの水々しい処女と童貞たちの臍の中を、一つ一つ灰色の垢に埋めて、さもなくとも明け易い夜もすがらを、おのがじしに咽《むせ》び歎かせるのだ。
意地の悪い、痛々しい塵の戯《たわむ》れではある。
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