塵は都会の哀詩である。
 構い手のない肺病娘のホツレ毛に引っかかって、見えるか見えないかにわななきふるえつつ、夢うつつのように紅い紅い血を吐き続けさせ、旧教会のステインドグラスに這い付いて、ありがたいお説教の余韻を薄曇らせ、聖書の黒い表紙の手ざわりにザラめいては、祈る者の悲しみをためらわせる。
 貴人の自動車を追いかけたあとで、すぐに乞食老爺の喘息に襲いかかり、さらに、病院のカアテンから忍び入って、患者が忘れて行ったヒヤシンスの萎れ花に寄りたかり、いつの間にか応接間の油絵の額縁に泌みにじんで、美しい表情を疲れ弱らすかと思えば、又もや、遠い銀座の百貨店の前を慌しく走り過ぎて、めんくらった虚栄の横顔たちを真剣な形に引き歪める。何という皮肉な塵の思い付きであろう。

 塵は又、田園の挽歌だ。
 ある時は、眼に見えぬ魂か何ぞのように、ズルズルズルと音を立てながら麦打ち場から舞い上って、地続きの廃業した瓦焼場から、これも夜逃げをした紺屋の藍干場へかけて狂いまわり、又は、森の中に立ちあらわれて、見る人も聞く人もない淋しい、悲しい心を、落葉と共に渦巻き鳴らしつつ暗い木立の奥に迷い込んで行く。
 又
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