秘密のカラクリを取付けてもらいたいのだ。そうしてその開き方を自分にだけ教えて、直ぐに日本へ帰ってもらいたいのだ。お金はイクラでも遣る――
と云うのです。毛唐人の大工なんてものは無器用でゲスからあの箱根細工のような細かい仕事が、お手本を見せられても真似られないらしいですね。
しかしあっし[#「あっし」に傍点]はこの時に虫が知らしたんでげしょう、何となく……これあイヤナ処へ来たナ……と思いましたよ。ちいっと虫の知らせ方が遅う御座んしたがね。とにかく……
「これあ何に使う棚だい。その目的がわからなくちゃ作る事あ出来ねえ」
て云ってやりますとね。その毛唐がホンノちょっとの間《ま》でしたっけが青い眼を剥《む》き出して恐しい顔になりましたよ。けれども直ぐに又モトの通りの柔和な顔に返って、前の通りの愛嬌のいい片言まじりの日本語で手真似を初めました。
「これは宝石の袋を仕舞《しま》っとく棚だ。私は昔からの宝石道楽で世界中の宝石を集めるのが楽しみなんだから、万一泥棒が這入っても心配のないようにコンナ仕事を頼むんだ。千|弗《ドル》でも一万|弗《ドル》でも欲しいだけお金を上げる。あの娘も附けてやっていいから是非どうか一つ請合って下さい」
てんで見かけに似合わずペコペコ頭を下げて頼むんです。
「私は亜米利加中に別荘を持っているのだから万一ここで貴方《あなた》の仕事が気に入ったら、まだ方々で、お頼みしたいのだ。貴方に一生涯喰えるだけの賃金を上げる事が出来るのだ」
と顔を真赤にして揉み手をしいしいペコペコお辞儀をするんです。カント・デックは前からチャンと研究して、あっし[#「あっし」に傍点]を口説《くど》き落す手を考《かんげ》えていたらしいんですね。仕事の出来る日本人なら金を呉れて頭を下げさえすれあコロリと手に乗って来るものと思っていたらしいんですが、コイツが生憎《あいにく》なことに見当違いだったのです。イクラ「わんかぷ、てんせんす」だって時と場合によりけりです。支那人《チャンチャン》と違って日本人には虫の居どころって奴がありますからね。
あっし[#「あっし」に傍点]はデックの話を聞いている中《うち》にピインと来ちゃいました。さてはあのチイ嬢《ちゃん》の色目は喰わせものだったのか、この毛唐人が俺をここまで引っぱり込むために囮《おとり》に使ってやがったのか、この野郎、俺をいい二本棒に見立てやがったんだな、俺を女で釣って泥棒仕事のカラクリ細工に使おうとしやがったんだナ。して見るとコイツア飛んでもない処へマグレ込んで来ちゃったぞ。しかもここまで深入りしたからにゃトテも生きて日本にゃ帰《けえ》れめえ……と気が付くと腰を抜かすドコロかあべこべに気持がシャンとなっちまいました。
……妙な性分であっし[#「あっし」に傍点]は気が長い時にゃヤタラに長いんですが、何かの拍子にカーッとしちまうと、それから先が盲滅法《めくらめっぽう》に手ッ取り早いんで……篦棒《べらぼう》めえ日本人じゃねえか。金やピストルに眼が眩《くら》んで毛唐の追剥《おいはぎ》や泥棒の手伝いが出来るかってんだ。「ふおるもさ、ううろんち」を知らねえかってんで、イキナリその毛唐に組付いて大腰をかけようとしたもんです。これでも柔道二段の腕前ですからね。
ヘエ。それあ見上げたもんでしたよ。そこんとこだけがね。アトがカラッキシ意気地が無《ね》えんで……。
今から考《かんげ》えてみるとあん時によく殺されなかったもんで……多分、出来ることならあっし[#「あっし」に傍点]を威《おど》かし上げて柔順《おとな》しくして、彼の棚の扉の細工をさせようってえ腹だったのでしょう。……コイツは日本一の細工人に違いない。コイツを取逃《とりに》がしたら二度と再びコンナ細工は出来っこねえ……ぐれえに考《かんげ》えていたのかも知れませんがアブネエもんでゲス。今から考《かんげ》えるとゾッとしますよ。
組み付いたと思った時にゃカント・デックに両腕をシッカリと掴まれておりました。しかもその指の力の強さったらありません。あっし[#「あっし」に傍点]の腕の骨が粉々《こなごな》になって行くような気持ちで、身体《からだ》中が痺《しび》れ上っちゃいました。トテモ敵《かな》わないと思わせられましたね。手錠を引千切《ひきちぎ》って逃げたっていう亜米利加でも指折りのカント・デックですから、柔道二段ぐれえじゃ歯が立ちませんや。
デック野郎はあっし[#「あっし」に傍点]の腕を掴んだまま顔の筋一つ動かさねえでニコニコしながら吐《ぬ》かしました。
「アナタ。憤《おこ》るといけません。あたしカント・デックです。ゆっくりして下さい。面白いものを見せますから……」
と云ううちにあっし[#「あっし」に傍点]を廻転椅子みたいにクルリと向うむきにして軽々と抱え上げて、横のドアから出て行きました。
「いけねえいけねえ。俺《おれ》あ明日《あした》っから又、台湾館の前に突立って怒鳴らなくちゃならねえ約束がして在るんだ。放してくれ放してくれ」
と大暴れに暴れたもんですが何の足しにもなりません。そのまんまその次の部屋だったか、その次の部屋だったか忘れましたが、小さな粗末な部屋へ抱え込まれますと、そこのコンクリートの荒壁に取付けられている一枚|硝子《ガラス》の小窓から向うの部屋を覗かせられました。ちょうど赤ちゃんがオシッコをさせられるようなアンバイ式にね……。
あっし[#「あっし」に傍点]は暴れるのをやめてボンヤリと見惚《みと》れてしまいましたよ。向うの部屋の状態《ようす》がアンマリ非道《ひど》いんで、呆れ返ってしまったんです。
ヘエ。それがドウモここではお話出来|難《にく》いんで……お二方《ふたかた》お揃いの前ではねえ。ヘヘヘヘヘ……。
何の事あねえ。水溜りに湧いたお玉杓子《たまじゃくし》でゲス。それがみんな丸裸体《まるはだか》の人間ばっかりなんですから開《あ》いた口が閉《ふさ》がりませんや。相当に広い部屋でしたがね。大きな椰子《やし》や、橄欖《かんらん》や、ゴムの樹の植木鉢の間に、長椅子だのマットだの、クッションだの毛皮だのが大浪《おおなみ》のように重なり合っている間を、甘ったるい恰好の裸虫《はだかむし》連中が上になり下になりウジャウジャとのたくりまわっているんですからトテモ人間たあ思えませんよ。金魚鉢に鰌《どじょう》をブチ撒《ま》けたぐらいの騒ぎじゃ御座んせん。
不思議なものでね。そんなのを見せ付けられていながらエロ気分なんてコレンバカリも起りませんでしたよ。今|考《かんげ》えてもあの時の気持ばっかりはわかりませんがね。多分、冥途《めいど》の土産……てえな気持で見ていたんでしょう。何がなしに見っともなくて、馬鹿馬鹿しくて、胸が悪くなるようで、横ッ腹の処がゾクゾクして無性に腹が立って来ましたが、そのあっし[#「あっし」に傍点]の耳へカント・デックの野郎が口を寄せて吐《ぬ》かしやがったもんです。
「あそこへ行きたいなら仕事をなさい」
あっし[#「あっし」に傍点]は又、あらん限りの死物狂いにアバレ初めました。部屋の中がムンムンと暑いので、汗みどろになってしまいましたが、何しろ太刀山《たちやま》みたいな強力《ごうりき》に押えられているんでゲスから子供に捕まったバッタみてえなもんで……ウッカリすると手足が※[#「てへん+劣」、第3水準1−84−77]《も》げそうになるんです。
「そんなら今一つ面白いものを見せましょう」
と云うと今度はその小窓と反対側の低い扉《ドア》を開けて、そこに掛かっている鉄の梯子《はしご》伝いに奇妙な眩《ま》ぶしい広い部屋へ降りて来ました。日本へ帰って来てから早稲田大学へ仕事をしに行った時にヤットわかりましたが、あれが水銀燈というものだったのですね。部屋のズット向うの隅のアーク燈みてえな眩《まぶ》しい、妙な色の電燈が一つ点《つ》いているキリなんですが、その光りで見るとカント・デックの顔色から自分の手の甲の色までも、まるきり死人のような鉛色に見えるんです。それでなくともあっし[#「あっし」に傍点]はサッキから死物狂いに暴れたアトで精も気魂も尽き果てておりましたので、カント・デックの片手に吊下げられたまま死人のように手足をブラ下げながらそこいらを見まわしますと、それはどこかの工場《こうば》の地下室としか思えません。コンクリートの天井と、床の間が頭の閊《つか》える位低い、ダダッ広い部屋になっているんで、ジメジメと濡れたタタキの上には机も、椅子も塵《ちり》っ端《ぱ》一本散らかっておりません。ただ向うの隅の水銀燈の下に、大きな大理石の臼《うす》みたようなものがあって、その中で天井から突出たモートル仕掛けの鉄の棒がガリガリガリガリと廻転しているだけなんです。つまり特別|誂《あつら》えの大きな肉挽《にくひき》器械ですね。博覧会の中で見たことのあるソーセージ製造器械なんです。
しかしスッカリくたびれ切って、物を考《かんげ》える力も何もなくなっていたあっし[#「あっし」に傍点]にはソレが何の意味なんだかサッパリわかりませんでした。……ハテナ……蓄音機屋の地下室が、腸詰《ちょうづめ》工場になっているのか知らん。コンクリの床の上をズルズルと引き摺《ず》られながら、その臼の処へ連れて行かれましたが、別に怖くも何ともありませんでした。
けどもカント・デックに首ッ玉を押えられてその臼の中を覗かせられた時には、思わずゾッとして手足を縮めちゃいましたよ。その臼は、もちろん底抜けなんで、その底の抜けた穴の上にステキに大きな肉挽き器械のギザギザの渦巻きが、狼の歯みたいに銀色に光りながらグラグラグラと廻転しているのですから落っこったら最後、何もかもおしまいでさあ。頭から尻までゴチャゴチャになってしまうんですからドンナに有難いお経を聞かされたって成仏《じょうぶつ》出来っこありません。
「あなた。この中に這入ること好きですか……仕事しますかしませんか」
流石《さすが》のあっし[#「あっし」に傍点]も……流石でなくたってヘタバッちまいますよ。イクラ元気を出そう……好きじゃありません……と云おうと思っても身体《からだ》中がコンクリートみたいになってガタガタ震え出すんですから仕様がありません。お笑いになりますけどもその場へ行って御覧なさい。ナカナカそう平気でいられるもんじゃ御座んせん。自分が何を考《かんげ》えていたか、今でも記憶《おぼ》えていない位なんで、多分気絶する一歩手前だったのでしょう。タッタ一つ眼に残っているのはあの鉛色の水銀燈のイヤアな光りだけなんで……まったくあの陰気臭い生冷《なまづ》めてえ光りばっかりは骨身に泌みて怖ろしゅうがしたよ。ネオン・サインが極楽の光りなら水銀燈は地獄のアカリなんでしょう。生きた人間でも死人に見えるんですからね。今思い出してもゾオッとしちまいますよ。
そこへカント・デックが何か合図をしたのでしょう。ズット背後《うしろ》の方の薄暗い処の扉《ドア》が開《あ》いて、青い菜《な》ッ葉服《ぱふく》を着た顔中髯だらけの大男が一人トロッコをノロノロと押しながら出て来たんです。その時まで気が付かなかったんですが、その入口から肉挽《にくひき》器械の前まで幅の狭い軌道《レール》が敷いて在ったんで……その菜ッ葉服の男が押しているトロッコが、あっし等の眼の前まで来て停まりますと、そのトロッコの上に乗っているものの上に被《かぶ》せた白い布片《きれ》をカント・デックが取除《とりの》けました。そうして思わず「ワッ」と云って逃げ出そうとするあっし[#「あっし」に傍点]をガッシリと抱きすくめてしまいました。
それは若い女の丸裸体《まるはだか》の死体だったのです。しかもその小さな下唇を前歯で噛み破ったらしく鼻の下から乳の間へかけてベットリとコビリ付いている血が、水銀燈に照らされて妙に黝《くろ》ずんだ腮鬚《あごひげ》みたいに見えるのです。おまけにその右の手の中に何かしら大切なものを握り込んでいるらしく、シッカリと握り固めている上から左の手を蔽《おお》いかぶせてピ
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