野郎は雪舟の子孫だってえ事になったんですから呆《あき》れて物が云えませんや。あっし[#「あっし」に傍点]の方はモットおかしいんで……あっし[#「あっし」に傍点]はこれでも小手斧《こちょうな》の癇持ちでげして、小手斧《こちょうな》の木片《こっぱ》が散らかるのが大嫌いでげす。そこで最初《ノッケ》から手を附けた四十尺ばかりの美事な米松《べいまつ》の棟木《むなぎ》をコツンコツンと削《こな》して行く中《うち》に四十尺ブッ通しの継《つな》がった削屑《アラ》をブッ放しちゃったんで、見ていた毛唐の技師が肝《きも》を潰したもんだそうです。その話が亜米利加中の新聞に出たってんで、あっし[#「あっし」に傍点]が船の中で退屈|凌《しの》ぎに作った箱根細工のカラクリ箱が、まだ博覧会の初まらねえ中《うち》にスッカリ売約済みになる。六の親父《おやじ》をお雪の旦那のピイピイモルガンて奴が買いに来るってなアンバイで大した景気でしたよ。毛唐って奴はつまらねえ事を感心するんですね。ヘヘヘ。
その中《うち》に屋根の反《そ》ックリ返《けえ》った、破風造《はふづくり》のお化けみてえな台湾館が赤や青で塗り上って、聖路易《セントルイス》の博覧会がオッ初《ぱじ》まる事になりますと、今のノスタレとオーム・シッコが二人でフロッキコートてえ活弁《かつべん》のお仕着せみてえなものを着込んで入口の処へ突立って、藤村さんから教《おそ》わった通りの英語を、毎日毎日大きな声で怒鳴るんです。
「じゃぱん、がばめん、ふおるもさ、ううろんち、わんかぷ、てんせんす。かみんかみん」
お笑いになっちゃ困ります。何てえ意味だかチットモ知らなかったんで……最初の中《うち》は茶目好きの藤村さんが「右や左のお旦那様」を英語で教えたんじゃねえかと思ってましたがそうでもないらしいです。お大師様の「あぼきゃあ兵衛《べえ》。露西亜《ロシヤ》のう、中村だあ」式の英語で、毛唐の厄払いか、荒神|祀《まつ》りの文句じゃねえかとも考《かんげ》えてみましたがそうでもないらしんで……ズット後《あと》になって聞いてみましたら「日本《じゃぱん》専売局《がばめん》台湾《ふおるもさ》烏龍茶《ううろんち》一杯《わんかぷ》十銭《てんせんす》、イラハイ《かむいん》イラハイ《かむいん》」てんですから禁厭《まじない》にも薬にもなれあしません。
もっともこのお祓《はら》いの文句の意味が、そんなに早くからわかってたら、あっし[#「あっし」に傍点]の生命《いのち》は無かったかも知れません。舶来の腸詰《ソーセージ》になっちゃって、毛唐の糞小便《くそしょうべん》に生れかわっていたかも知れねえんで……変テコなお話でゲスが人間の運てえものは、ドンナ事から廻り合わせて来るか知れたもんじゃ御座んせん。正直のところ「わんかぷ、てんせんす」と米の生《な》る木があっし[#「あっし」に傍点]の生命《いのち》の親なんで……。
とにかくソイツを訳のわからねえまんまに台湾館の前に突立って、滅法矢鱈《めっぽうやたら》に威勢よく怒鳴っているとドシドシ毛唐が這入って来る。台湾館の中では選抜《よりぬ》き飛切《とびき》りの台湾生れの別嬪《べっぴん》が、英語ペラペラで烏龍茶の講釈をしながら一枚八|仙《セント》の芭蕉煎餅《ばしょうせんべい》を出してお給仕をする。その毛唐らが這入りがけや出て行きがけにあっし[#「あっし」に傍点]とノスタレに五|仙《セント》か十|仙《セント》ずつ呉れて行きます。たまには一|弗《ドル》も五|弗《ドル》も呉れる奴が居る。そうかと思うと何も呉れねえでソッポ向いて行く猶太人《ジュー》みてえな奴も居るってな訳で、いいお小遣いになりやしたよ。
その中《うち》に英語がチットずつわかって参りやした。水の事を「ワラ」ってんで……ワラワセやがるてのは、これから初まったのかも知れません。舟に乗って来るのがナベゲタ。席亭話《よせばなし》の鍋草履《なべぞうり》てえのと間違いそうですね。女の事が「レデー」ですから男の事が「デレー」かと思ったら豈計《あにはか》らんや「ゼニトルマン」でげす。成る程これあ理窟でゲスが失礼したくなりますね。奥さんのことが「マム」……「女はマモノ」ってえ洒落《しゃれ》かも知れませんがドウカと思いますよ。「お早よう」てのが「グルモン」、こいつは「グル」だけでも間に合います。江戸ッ子の「コンチワ」が「チヤア」で済むようなもんでげしょう。今晩はが「グルナイ」。「勝手にしゃアガレ」てクッ付けてやりてえくれえで……「左様なら」が「グルバイ」……どうしてこう毛唐はグルグル云いたがるんだか……獣《けだもの》から人間になり立てみてえで……もっとも毛唐は毛の字が付くだけに手も足も毛ムクジャラですからね。女なんかでも顔はパヤパヤとした生《う》ぶ毛《げ》だらけで身体《からだ》中は鳥
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