の毛を※[#「てへん+劣」、第3水準1−84−77]《むし》ったようにブツブツだらけでゲス。傍へ寄ると動物園臭くって遣り切れませんがね。男でも女でも物を呉れるたんびに「タヌキ」と云ってやると喜んでいるんですからヤッパリ獣《けだもの》なんでげしょう。
ところが、その毛唐のタヌキ野郎に非道《ひど》い目に合わされたお話なんで……獣《けだもの》だけに悪智恵にかけちゃ日本人は敵《かな》いませんや。
あっし[#「あっし」に傍点]等が人寄せをやっている台湾館の中には六人の台湾娘が居て、お茶の給仕をしておりました。そいつ等の名前《なめえ》は三十年も前《めえ》の事ですから忘れちゃいましたが、何でもフン、パア、チョキ、ピン、キリ、ゲタってな八百屋の符牒みたいな苗字の女の子が、揃って台湾|選《よ》り抜きの別嬪ばかりなんで、年はみんな十七か八ぐれえの水の出花《でばな》ってえ奴でしたが、最初っからの固いお布告《ふれ》で、そんな女たちに指一本でも指したら最後の助《すけ》、お給金が貰えねえばかりでなく、亜米利加でタタキ放しにするという蛮爵《ばんしゃく》様からの御達しなんで、おまけに藤村さんは藤村さんで、一足でも博覧会場から踏み出すことはならねえ。亜米利加の町にはギャングとかガメンとかいう奴がどこにでも居て昼日中でも強盗や人浚《ひとさら》いをやらかす。気の弱い奴と見たらピストルで脅威《おど》かして大盗賊《おおどろぼう》や密輸入の手先にしちまうから気を附けろ。一度ソンナ奴に狙われたら生きて日本に帰《けえ》れねえからそう思えってサンザ威嚇《おど》かされておりましたからね。何の事あねえ不動様の金縛りを喰った山狼《やまいぬ》みてえな恰好で、みんな指を啣《くわ》えて、唾液《つばき》を呑み呑みソンナ女たちを眺めているばかりでした。
可哀相に女の出来ねえ職人たら歌を忘れたカナリアみてえなもんで……ヘエ。あっし[#「あっし」に傍点]ゃ今でも気が若い方なんで、その頃はまだ三十になるやならずの元気一杯の奴が、青い瞳《め》をしたセルロイドじゃあるめえし、言葉も通じなけあ西も東もわからねえ人間の山奥みてえな亜米利加三界へ連れて来られて、毎日毎日そんな別嬪たちの色目づかいを見せ付けられながら涙声を張り上げて、
「わんかぷ、てんせんす。かみんかみん」
をやらされているんですから、たまりませんや。ノスタレ爺もオームのオシッコも眼が釣上っちゃって、今にもポンポンパリパリと破裂しちまいそうな南京《ナンキン》花火みてえな気もちになっちまいましてね。哀れとも愚かとも何とも早や、申上げようのない「ふおるもさ、ううろんち」が一|対《つい》、出来上ったもんでゲス。
ところがここに一つうまい事が持上りました。その女たちの中でも一等|捌《さば》けるピン嬢《ちゃん》とチョキ嬢《ちゃん》という二人がノスタレだかオシッコだかわかりませんが病気になっちゃったんで、とりあえずの埋め合わせに聖路易《セントルイス》の支那料理屋に居たというチイチイっていうのとフイフイっていうのと二人の別嬪が手助けに来たんでげす。何しろ一人で卓子《テーブル》を六つ宛《ずつ》も持っているんで一人欠けても頬返《ほおげえ》しが附かないですからね。占めた。こいつは有難いことになったもんだと私《あっし》は内心でゾクゾク喜んじゃいました。ねえ。そうでしょう。今まで居た女には指一本さしても不可《いけ》なかったかも知れねえが、今度来た女なら差支《さしつけ》えなかろう。しかも向うが二人前ならこっちも二人前と云いてえが、片っ方が禿頭《はげあたま》の赤ッ鼻のノスタレじゃ問題にならねえ。若さといい、男前といい、一番|鬮《くじ》の本鬮《ほんくじ》はドッチミチこっちのもんだがハテ。ドッチから先に箸《はし》を取ろうかテンデ、知らん顔をして「わんかぷ、てんせんす」のおまじない[#「おまじない」に傍点]を唱えながら二三日ジッと様子を見ているとドウです。このチイ嬢《ちゃん》とフイ嬢《ちゃん》の二人が一緒に、あっしの方へ色目を使い初めたじゃ御座んせんか。
ヘヘ……どうも恐れ入りやす。おっとっと……こぼれます、こぼれます。どうもコンナに御馳走になったり、勝手なお惚気《のろけ》を聞かしたりしちゃ申訳《もうしわけ》御座んせんが、ここんところが一番恐ろしい話の本筋なんで致方《いたしかた》が御座んせん。どっちみち混線させないようにお話しとかないと、あとで筋道がわからなくなりやすからね。ヘヘ、恐れ入りやす。
二人の中《うち》でもフイフイっていうのは、まだ十七か八の初々《ういうい》しい聡明《りこう》そうな瞳《め》をした、スンナリとした小娘でしたが、あっし[#「あっし」に傍点]に色目を使いはじめたのはドウヤラ此娘《こいつ》の方が先だったらしいんです。台湾館に来る匆々《そうそう》
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