奴なんで……その日も、あっし[#「あっし」に傍点]と組になってステテコを踊ることになっていたんですが、そいつが派手な浴衣に赤褌《あかふん》のまんまボンヤリ甲板から降りて来やして、出《で》の囃子《はやし》を聞いているあっし[#「あっし」に傍点]の顔をジイッと穴のあくほど見ながら、小《ち》ッポケなドングリ眼《まなこ》をパチパチさせたもんです。
「おれあドウしてもわからねえ」
「何がわからねえ」
「世界が丸いてえ理窟が……」
「馬鹿だな手前《てめえ》は……イクラ云って聞かせたってわからねえ。台湾へ渡った時にヤットわかったって安心してたじゃねえか」
「それはお前《めえ》だけだ。俺《おら》あアレからチットモ安心していねえんだ。不思議でしようがねえんだ」
「何が不思議だえ」
「だって考《かんげ》えても見ねえ。あの地球儀みてえなマン丸いものの上にドウしてコンナに水が溜まっているんだえ……。おまけに大きな浪が打ってるじゃねえか……ええ……」
 そう聞くとあっし[#「あっし」に傍点]も頭の芯《しん》がジインとして考《かんげ》え込んじまいました。口では強いことを云いながら心の奥ではやっぱり心配していたんですね。そこが病気のセイだったかも知れませんが、図星を指されてハッとしたようなアンバイで変テコレンな眼のまわるような気もちになっちゃいました。そこいらがだんだん薄暗くなって気が遠くなって行くようなアンバイで……そのまんま引っくり返《けえ》っちゃったらしいんです。気が弱かったんですね、あっし[#「あっし」に傍点]は……もっともその時にはモウ六の親父《おやじ》と一緒に揃ってソンナ病気にかかっていたんだそうですから仕方がありませんがね。妙な病気があればあったもんでゲス。癲癇《てんかん》なら差詰《さしづ》め地球癲癇だったのでしょうが、そんなオボエは毛頭なかったんで……自分でも、おかしいと思いましたよ。
 ですから同じ病気にかかっていた六の親父《おやじ》も、あっし[#「あっし」に傍点]が引っくり返《けえ》ったのを見ると直ぐに追っかけて引っくり返《けえ》りやがったんだそうで……これは大変だと思ったトタンに世界中が平ベタクなったてんですからダラシのねえ野郎で……お蔭でステテコはオジャンになっちまいました。誰が云い出しものか知れませんが、モトモト平べったい処に住んでいる人間に「世界は丸い」なんて罪な御布
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