げて、横のドアから出て行きました。
「いけねえいけねえ。俺《おれ》あ明日《あした》っから又、台湾館の前に突立って怒鳴らなくちゃならねえ約束がして在るんだ。放してくれ放してくれ」
 と大暴れに暴れたもんですが何の足しにもなりません。そのまんまその次の部屋だったか、その次の部屋だったか忘れましたが、小さな粗末な部屋へ抱え込まれますと、そこのコンクリートの荒壁に取付けられている一枚|硝子《ガラス》の小窓から向うの部屋を覗かせられました。ちょうど赤ちゃんがオシッコをさせられるようなアンバイ式にね……。
 あっし[#「あっし」に傍点]は暴れるのをやめてボンヤリと見惚《みと》れてしまいましたよ。向うの部屋の状態《ようす》がアンマリ非道《ひど》いんで、呆れ返ってしまったんです。
 ヘエ。それがドウモここではお話出来|難《にく》いんで……お二方《ふたかた》お揃いの前ではねえ。ヘヘヘヘヘ……。
 何の事あねえ。水溜りに湧いたお玉杓子《たまじゃくし》でゲス。それがみんな丸裸体《まるはだか》の人間ばっかりなんですから開《あ》いた口が閉《ふさ》がりませんや。相当に広い部屋でしたがね。大きな椰子《やし》や、橄欖《かんらん》や、ゴムの樹の植木鉢の間に、長椅子だのマットだの、クッションだの毛皮だのが大浪《おおなみ》のように重なり合っている間を、甘ったるい恰好の裸虫《はだかむし》連中が上になり下になりウジャウジャとのたくりまわっているんですからトテモ人間たあ思えませんよ。金魚鉢に鰌《どじょう》をブチ撒《ま》けたぐらいの騒ぎじゃ御座んせん。
 不思議なものでね。そんなのを見せ付けられていながらエロ気分なんてコレンバカリも起りませんでしたよ。今|考《かんげ》えてもあの時の気持ばっかりはわかりませんがね。多分、冥途《めいど》の土産……てえな気持で見ていたんでしょう。何がなしに見っともなくて、馬鹿馬鹿しくて、胸が悪くなるようで、横ッ腹の処がゾクゾクして無性に腹が立って来ましたが、そのあっし[#「あっし」に傍点]の耳へカント・デックの野郎が口を寄せて吐《ぬ》かしやがったもんです。
「あそこへ行きたいなら仕事をなさい」
 あっし[#「あっし」に傍点]は又、あらん限りの死物狂いにアバレ初めました。部屋の中がムンムンと暑いので、汗みどろになってしまいましたが、何しろ太刀山《たちやま》みたいな強力《ごうりき》に押え
前へ 次へ
全26ページ中18ページ目


小説の先頭へ
文字数選び直し
夢野 久作 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ 登録 ご利用方法 ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング