る店の広間へ、縦横十文字に並んだ長椅子に凭《よ》りかかった毛唐と女唐《めとう》とが、フロック張りの番頭や手代の鳴らすレコードを知らん顔をして聞いていたようです。
 その横ッチョの木煉瓦張《もくれんがば》りの通路《とおりみち》をやはり女に手を引かれながら通り抜けて、奥の行当りのドアを抜けるとヤット肩幅ぐらいの狭い廊下に出ました。その廊下は向う下りになっていて、黒いマットが一面に敷いて在るために足音も何もしないまま地下室へ降りて行くようになっていたらしいんですが、その中《うち》に右に曲ったり左に折れたりして扉《ドア》を三つか四つぐらい潜って、もうだいぶ下へ降りたナ……と思ったトタンに廊下の天井に点《つ》いていた電燈が突然《だしぬけ》に消えちゃって真暗闇《まっくらやみ》になっちまいました。それがチイ嬢《ちゃん》の顔の見納めだったんで……今度目、見た時は夕刊の新聞で手錠をかけられた笑い顔で、その次に見たのはデックと並んで死刑の宣告を受けている写真ニュースの横顔でしたがね。
 もちろんソン時のあっし[#「あっし」に傍点]にゃそんな事がわかりっこありゃせん。神様だって知らなかったんですから……それと一所《いっしょ》に女も手を放しちゃったんですから、あっしはタッタ一人真暗闇の中に取残されちゃったんで……往生しましたよ。まったく。
 それでもまだ自惚《うぬぼ》れが残っていたんですから感心なもんでげしょう。さては女がイタズラをしやがったんだナ……ヨオシ……その気ならこっちでも探り出して見せるぞ……てんで鬼ゴッコみたいに手探りで向うの方へ行きますと、いつの間にか廊下の行当りの扉《ドア》を通り抜けて一つの立派な部屋に出ていたんですね。不意討ちにパッとアカリが点《つ》いたのを見ると、太陽が二十も三十も一時に出て来たようで今度こそホントウに腰を抜かすところでしたよ。何しろそこいら中反射鏡ダラケの部屋に、天井一パイの花電燈が点《つ》いたんですからね。
 世の中には立派な部屋が在れば在るもんだと思いましたねえ。この節なら銀座へ行けあアレ位の部屋がザラに在るんですから格別驚かなかったかも知れませんがね。何の事はない、竜宮みてえな金ピカずくめの戸棚や、椅子、テーブル、花束や花輪で埋まった部屋なんで、ムンムンする香水の匂いで息が詰りそうな中にタッタ一人突立っている見窄《みすぼ》らしいあっし[#「あっし
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