帽子を脱いで意気地なくペコペコした。
「マア……キレイ……お月様……」
 老婦人が指《ゆびさ》す方を見ると又も一曲りした列車の後尾に、醜い黄疸色をした巨大な三日月が沈みかかっていた。
 青年ボーイはニッコリと笑って首肯《うなず》いた。今一度帽子を脱いで展望車から出て行った。

 一等車のボーイ室では少年ボーイが、山のように積上げた乗客の手荷物を片付けていた。トランク、信玄袋《しんげんぶくろ》、亀の子|煎餅《せんべい》、バナナ籠、風呂敷包み……その下から出て来た、ビラの付かないズックの四角い鞄の中から受話器を取出して耳に当てた。そこへ帰って来た青年ボーイが身体《からだ》で入口を蔽いながら笑った。
「馬鹿……見付かったらドウする」
 少年ボーイは顔を真赤にした。慌てて受話器をズック鞄の中へ返したが、その眼は好奇心に輝いていた。
「何か聞こえるかい」
「ええ。あの爺《じじい》のイビキの声が聞こえます。すこしイビキの調子が変ったようです」
「コードの連絡の工合はいいな」
「ええ上等です。あの豆電燈のマイクロフォンも、この部屋へ連絡している人絹コードも僕の新発明のパリパリですからね」
「ウン。今
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