がらの弱々しい感じである。手荷物は赤帽に托したものらしい。瘠せ枯れた生白《なまじろ》い手には細い、銀頭《ぎんがしら》の竹のステッキを一本|抓《つま》んでいるきり、何も持っていない。甲板《デッキ》まで見送って来た連絡船のボーイ連にチョット脱帽したが、頭は真白く禿げたツルツル坊主であった。
 ボーイ連も何となく彼の姿を奇妙に感じたのであろう。高い甲板《デッキ》の上から五六人、瞳を揃えて遠ざかって行く彼のうしろ姿を見送っていた。彼もタッタ一人でトボトボと税関の前アタリまで来ると何かしら不安を感じたらしく、眩しい電燈の下で立停まって、そこいらを見まわしていたが、その中《うち》に、三等船室の方から一人の背の高い、モーニングを着た、顔にアバタのある朝鮮人らしい紳士が降りて来るのを見ると、初めて安心したらしくチョコチョコと歩き出して、そのアトを追いかけ始めた。
 朝鮮紳士はソンナ事を気付かぬらしくサッサと桟橋を渡って下関駅の改札口を出た。そのままコソコソと人ごみの蔭に隠れると何気もない体《てい》で振り返って、今の小さな西洋人が、新しいハンカチで額の汗を拭き拭き八時三十分発急行列車富士号の方へヨチヨチ
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