いかな」
「さあ、どうでしょうか。フイルムは三田尻まで大丈夫持ちますよ」
「号外号外。号外号外。号外号外。東都日報号外。吾外務当局の重大声明。ソビエット政府に対する重大抗議の内容。外交断絶の第一工作……号外号外」
「号外号外。売国奴古川某の捕縛号外。ソビエット連絡係逮捕の号外。号外号外。夕刊電報号外号外」
この二枚の号外を応接室の椅子の中で事務員の手から受取った東京|駐箚《ちゅうさつ》××大使は俄然《がぜん》として色を失った。やおらモーニングの巨体を起して眼の前の安楽椅子に旅行服のままかしこまっている弱々しい禿頭《とくとう》の老人の眼の前にその号外を突付けた。
老人は受取って眼鏡をかけた。ショボショボと椅子の中に縮み込んで読み終ったが、キョトンとして巨大な大使の顔を見上げた。
その顔を見下した××大使は見る見る鬼のような顔になった。イキナリ老人にピストルを突付けて威丈高になった。ハッキリとしたモスコー語で云った。
「どこかで喋舌《しゃべ》ったナ。メッセージの内容を……」
老人は椅子から飛上った。ピストルを持つ毛ムクジャラの大使の腕に両手で縋《すが》り付いて喚《わ》めいた。
「ト……飛んでもない。わ……私は人間レコードです。ど……どうしてメッセージの内容を……知っておりましょう」
「黙れ。知っていたに違いない。それを知らぬふりをして日本に売ったに違いない。タッタ一人残っている日本人の連絡係の名前と一緒に……」
「ワッ……」
と云うなり老人は宙を飛んで扉《ドア》の方へ逃げ出したが、その両手がまだ扉《ドア》へ触れない中《うち》に高く空間に揚がった。キリキリと二三回回転して床の上に倒れた。扉《ドア》の表面に赤い血の火花を焦げ附かしたまま……。
その扉《ドア》が向うから開《あ》いて大使夫人が半分顔を出した。モジャモジャした金髪の下から青い瞳と、真赤な唇をポカンと開いて見せた。大使は慌ててまだ煙の出ているピストルを尻のポケットに押込んだ。
「まあ。どうしたの。アンタ」
「ナアニ。レコードを一枚壊したダケだよ。ハッハッハ」
ちょうどその頃、東京駅入口階上の食堂の片隅で、若い海軍軍医と中学生が紅茶を啜っていた。
ゴチャゴチャと出入りする人の足音や、皿小鉢の触れ合う音に紛れて二人は仲よく囁《ささや》き合っているが、よく見ると、それは昨夜《ゆうべ》の富士列車に居た青
前へ
次へ
全12ページ中9ページ目
小説の先頭へ
文字数選び直し
夢野 久作 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ
登録
ご利用方法
ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング