年ボーイと少年ボーイであった。
「馬鹿に早く手をまわしたもんですね」
「ナアニ。昨夜《ゆうべ》の録音フイルムが、徳山から海軍飛行機に乗って大阪まで飛んで行く中《うち》に現像されると、そのまま夜の明けない中《うち》に東京に着いたんだよ。あの録音の後《あと》の方に在った英国、露西亜《ロシア》、支那の三国密約の内容を聞いたので外務省が初めて決心が出来たんだ。大ビラで売国奴の名を付けて古川某を引括《ひっくく》る事が出来たんだ。みんな予定の行動だったのだよ。徳山と岡山と、広島と姫路にはそれぞれ水上飛行機が待機していたんだよ。今頃はモウ露満国境の守備兵が動き出しているだろう」
中学生が光栄に酔うたように顔を真赤にして紅茶を啜った。
「君の発明したオモチャが大した働きをした訳だよ。勲章ぐらいじゃないと思うね」
「……でも僕は気味が悪かったですよ。途中で怖くなっちゃったんです。あの人間レコードの声を聞いた時に……人間レコードって一体何ですかアレは……」
海軍軍医は左右を見まわした。一段と少年に顔を近付けて紅茶の皿を抱え込んだ。
「イイかい。絶対秘密だよ」
「大丈夫です」
「わかってみれば何でもない話だがね。つまりアンナ風な各国語に通じた正直な人間を高価《たか》い金でレコード用に雇っておいて、極めて重要なメッセージを送る場合に使うんだ。書類なんかイクラ隠したって見付かるし、暗号だって解けない暗号はないんだからね。本人に暗記さしておけばいいようなもんだが、日本人と違って外国人は買収が利くんだから、つまるところ、密書を持たせるよりも険難《けんのん》な事になるんだ。ことに露西亜《ロシア》なんかは世界中が敵で、秘密外交の必要な度合が一番高いもんだからトウトウアンナ事を発明したんだね。
先ずアンナ風に何も知らない人間を、昨夜《ゆんべ》みたいに麻酔さしておいて、スコポラミンと阿片《アヘン》の合剤を注射して、一層深い、奇妙な、変ダラケの昏睡に陥《おとしい》れる。それから十分ばかりしてコカインと、安息香酸と、アイヌの矢尻に使うブシという草の汁のアルカロイドの少量を配合した液を注射すると、本人は意識しないまま、脳髄の中の或る一部分が眼ざめる。そこへ電気吹込みしたレコードの文句を……ドウも肉声では工合が悪いようだがね。そのレコードの音《おん》を耳に当てがうと不思議なほどハッキリと記憶する。十枚分ぐ
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