た、あの外套《がいとう》を出しとけ。チエ子の赤い羽根のやつを……。あれは俺が倫敦《ロンドン》で買ったのじゃが、日本に持って来ると五十両以上するシロモノだ。ここいらの家《うち》の児であんなのを着とるのはなかろう……ウンないじゃろう。ない筈だ。ウン……。あれを着せて二人で行って来るからナ……貴様は頭痛がするんなら先に寝とれ……座敷に瓦斯《ガス》ストーブを入れてナ……ハハ久し振りに川の字か。ハハン……しかし要心せんといかん……」
「それほどでもないんですけれど、永いこと丸髷に結わなかったせいかもしれません」
と母親は、お茶をさしながら甘えるような、悄気《しょげ》た声で云った。
「イヤ……いかんいかん。そんな事を云って無理をしちゃいかん。今年は上海《シャンハイ》のチブスがひどいからな。……ナニ俺か。俺は大丈夫だ。この上からマントを着てゆく。帽子は鳥打《とりうち》がええ。ウン。それからトランクの隅にポケットウイスキーがあるから、マントのポケットに入れとけ……日本は寒いからナ……ハハハハハ」
五
活動を見ながらウイスキーをチビリチビリやっていた父親は、いよいよいい機嫌になって
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