だれて歩き出した。そして又ハッと立ち止まった。
 ……眼の前の線路に、私の死骸が横たわっている。
 両手をポケットに突込んだまま……紺の背広、鼠色のオーバー、黒の襟巻き……茶の中折れが飛んで……赤靴が片っ方脱けおちてて……顔半分を真赤に濡らして……それを凝視した儘、私は棒のように突立った。
 ……何と言う平凡な姿の轢死体であろう。つい今しがたまで示していた昂然たる意気組もプライドもあとかたもない。犬猫と同様の下らない死姿である。
 もし通りがかりの人がこの死体を発見したら何と評するであろう。
「オヤオヤ、腰弁らしい奴が汽車に轢《ひ》かれている。厭世自殺かな。まあ死にたい奴は死ぬがいいさ。米が安くなっていい」
 それ位のことを言って、サッサと通り過ぎて行くであろう。
 又私を知っている人はこう言うかも知れぬ。
「オヤ。あいつが汽車にやられている。あいつはいつも一人ぽっちで、何か考え考えあるいていたから、おおかたウッカリして避け損ったのだろう。運の悪い奴さ、ハハハ」
 けれども又、もし、こうした私の死姿を探偵か新聞記者が見付けたら、何と判断するであろう。
「恐らくこれは覚悟の自殺だ。両手を
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