い知れぬ魅力を感じた。……今だ……。
 自分で自分の運命を作り出し得べき最も簡単な、かつ完全な機会は今を措《お》いてほかにない。あらゆる人類生活の条件と因縁とを離れて、自分自身の運命を絶対の自由さに支配し得る唯一無上の快い刹那は、今しも眼前数秒の裡《うち》に迫っている。この快い刹那を捕えるのは、私が持っている最後の権利である。
 太陽は白い。空は青い。林は黄色い。
 皆申し合わせたように静まり返って、上下左右から私を凝視している。
 この緊張した刹那をふりすてて逃げることは不可能である……と思ううちに……山のような鉄塊が私の頭の上に迫った。
 鉄塊が真白い息を吹き上げた。吼《ほ》えた。怒号した。大音響が落葉林と、太陽と、青空とをかき消した……。
 ……次の瞬間に、私は線路の外の枯れ草の中に突立っていた。
 列車は轟々と過ぎ去った。最初から私を問題にしていないかのように……。
 私は列車のうしろ姿をふり返った。ジッと唇を噛んだ。眩しい白昼の光の中で受けた、強い大きな屈辱と、それに対する深い悔恨……。
「思い切って衝突すればよかった。そうして死ねばよかった」
 と思いつつ……。
 私はうな
前へ 次へ
全5ページ中2ページ目


小説の先頭へ
文字数選び直し
夢野 久作 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ 登録 ご利用方法 ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング