ポケットに突込んでシッカリと握り締めているから……酔っていた形跡もない。しかし自殺とすれば原因は何だろう」
 かくして彼等は私の身元や素行を一通り調べるであろう。そうしていくら調べても、私の自殺の原因がわからないために、いくどか首をひねるであろう。
「人知れず失恋していたのだ」
 位のことはおしまいに言うかも知れぬ。
 こうして私の死は永久に無意識に葬られるであろう。今までにいくつとなく出来たであろうこうした無意義な、かつ不可解な轢死体と一緒に…………。
 カタリ……とシグナルが上った音……。
「馬鹿……」
 と私は思わず口走りつつ、唾をペッとその死骸の上に吐きかけた。そこを急いで通り過ぎた。
 けれども何となく胸がドキドキしたから、念のため今一度ふり返ってみると、線路の上はもう何も見えなかった。乾燥した枕木の上に、今吐いた唾が黒く泌みこんでいるだけであった。
 私は命を一つ拾った気になって、ひとりで苦笑した。額の汗を拭き拭きそこいらを見まわした。
「水が飲みたいな」



底本:「夢野久作全集7」三一書房
   1970(昭和45)年1月31日第1版第1刷発行
   1992(平成4
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