、味方の銃弾か、銃剣によって傷《きずつ》いている事であります。砲弾、毒|瓦斯《ガス》、鉛筆(仏軍飛行機が高空から撒布して行く短かい金属性の投矢の一種)等の負傷は一つも無い事です」
「……よろしい……」
 吾が意を得たりという風に云い放った軍医大佐はピタリ顔面の摩擦を中止した。満足げに首肯《うなず》き首肯き小高い土盛りの中央に月の光を背にして立った。今一度、勢よく軍刀の※[#「木+霸」、第3水準1−86−28]《つか》を背後に押しやって咳一咳《がいいちがい》した。振返ってみるとヴェルダンの光焔が、グングンと大空に這い昇って、星の光りを奪いつつ湧き閃めいている。
 その時に姿勢を正したワルデルゼイ軍医大佐は、三方の屍体の山を見まわしながら真白い息を吐いて長吼《ちょうく》した。
「……皆ア……立て――エッ……」
 アッチ、コッチに寝転がっていた負傷兵が皆、弾かれたようにヒョコリヒョコリと立上った。中には二三人、地面に凍り付いたように長くなっている者も在ったが、それは早くも軍医大佐の命令の意味を覚って、失神した連中であったらしい。
 何の反響も与えない三方の屍体の山が、云い知れぬモノスゴイ気分
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