き添えておく。

       一

 ……おお……悪魔。私は戦争を呪咀《のろ》う。
 戦争という言葉を聞いただけでも私は消化が悪くなる。
 戦争とは生命のない物理と化学とが、何の目的もなしに荒れ狂い吼えまわる事である。
 戦争とは蒼白い死体の行列が、何の意味もなく踊りまわり跳ねまわる中に、生きた赤々とした人間の大群が、やはり何の興味も、感激もなしにバタバタと薙《な》ぎ倒おされ、千切《ちぎ》られ、引裂かれ、腐敗させられ、屍毒化させられ、破傷風化させられて行くことである。
 その劇薬化させられた感情の怪焔……毒薬化させられた道徳の異臭に触れよ。戦慄せよ。……一九一六年の一月の末。私が二十八歳の黎明……伯林《ベルリン》市役所の傭医員を勤めていた私は、カイゼルの名によって直ちに軍医中尉を拝命して戦線に出《い》でよ……との命令で、貨物列車――トラック――輜重車《しちょうしゃ》――食糧配給車という順序にリレーされながら一直線にヴェルダンの後方十|基米《キロ》の処に在る白樺の林の中に到着した。
 その林というのは砲火に焼き埋められた大森林の残部で、そこにはヴェルダン要塞を攻囲している我が西部戦線、
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