》を射抜かれたのです。それで匐いながら後退して来る途中、眼の前の十数メートルの処で敵の曳火弾《えいかだん》が炸裂したのだそうです。その時には奇蹟的に負傷はしなかったらしいですが、烈しい閃光に顔面を打たれた瞬間に視覚を失ってしまったらしいのです。明るいのと暗いのは判別出来ますが、そのほかの色はただ灰色の物体がモヤモヤと眼の前を動いているように思うだけで、銃の照準なぞは無論、出来ないと申しておりましたが……睫毛《まつげ》なぞも焼け縮れておりますようで……」
「ウム。それで貴官はドウ診断しましたかな」
「ハイ。多分戦場で陥り易い神経系統の一部の急性痲痺だろうと思いまして、出来るなら後退さして頂きたい考えでおります。時日が経過すれば自然と回復すると思いますから……視力の方が二頭腓脹筋《にとうひちょうきん》の回復よりも遅れるかも知れませぬが……」
「ウム。成る程成る程」
と軍医大佐は頻《しき》りに首肯《うなず》いていたが、その顔面筋肉には何ともいえない焦燥《いらだ》たしい憤懣の色が動揺するのを私は見逃さなかった。
大佐はそれから何か考え考え腰を曲《かが》めて、携帯電燈の射光を候補生の眼に向け
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