精励していようとは思わなかった。
そうしたワルデルゼイ大佐の精励ぶりを見ると同時に私は、私の良心が、私の肺腔一パイに涙ぐましく張り切って来るのを感じた。そうしてイヨイヨ一生懸命になって、追い立てられるように、次から次へと負傷者の手当を急いでいたものであったが、間もなく私の間近に接近して来たワルデルゼイ軍医大佐は、私がタッタ今、腓《こむら》を手当てしてやったばかりの将校候補生の繃帯を今一度解いて、念入りに検査し始めた。
それを見ると私は多少の不満を感じたものであった。
……それ以上の手当は現在の状態では不可能です……
という答弁を、腹の中で用意しながら、掌《てのひら》の血糊をゴシゴシと揉み落しているうちに、果せる哉《かな》、軍医大佐の電燈がパッと私の方へ向けられた。
「……や。クラデル君ですか。ちょっとこっちへ来て下さい」
そう云う軍医大佐の語気には明らかに多少の毒気が含まれていた。しかし私は勇敢に軍医大佐の側に突立って敬礼した。
ワルデルゼイ軍医大佐は砲弾の穴の半分埋まっている斜面に寝かされている、まだウラ若い候補生の身体《からだ》を電燈で指し示した。
「この小僧は眼が見えないと訴えているようですが真実ですか」
その候補生は鼻の下と腮《あご》に、黄金色《きんいろ》の鬚が薄く、モジャモジャと生えかけている、女のような美少年であった。まだ兵卒の服を着ているところを見ると、戦線に出てから何か失策を仕出来《しでか》したために進級が遅れたものらしい。顔から胸が惨酷《むご》たらしい鼻血と泥にまみれて、両手と、ズボンの破れから露出した膝小僧の皮が痛々しく擦り破れていたが、それでも店頭の蝋人形ソックリの青い大きな瞳を一パイに見開いて、鋼鉄色の大空を凝視していた。一心に私等の言葉を聞いているらしい赤ん坊のような表情であった。
その横顔を見ている中《うち》に私は少なからず心が動いた。私は生れ付きコンナ醜い恰好に出来ているために女性に愛せられる見込みもなく、男性にはイツモ軽蔑され勝ちで通って来たために、いつの間にか一種の片輪根性みたような性格に陥って来たものであろう。こうした美しい、若い男を見ると、いつも、理屈なしに親しくしてみたい……親切に世話をして遣りたいような盲目的な衝動に駈られて仕様がないのであった。
「ハイ。この候補生は前進の途中、後方から味方の弾丸に腓《こむら
前へ
次へ
全29ページ中8ページ目
小説の先頭へ
文字数選び直し
夢野 久作 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ
登録
ご利用方法
ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング