正夢
夢野久作

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【テキスト中に現れる記号について】

《》:ルビ
(例)その中《うち》で

|:ルビの付く文字列の始まりを特定する記号
(例)大層|憤《おこ》って、
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 昔、ある街の町外れで大勢の乞食が集まって日なたぼっこしながら話しをしておりましたが、その中《うち》で一人の若い乞食が大きな声を出して申しました。
「おい、皆聞け。俺が昨夜《ゆうべ》他家《よそ》の軒下で寝ていると、白い着物を着た人が来て、俺について来いと云った。おれは何でもこれは福の神に違いないと思って従《つ》いて行って見ると、この街の真中の四辻に来て神様は、地面《じべた》の上を指してそのまま消えてしまった。見るとそこには金剛石《ダイヤモンド》を鏤《は》めた金の指環《ゆびわ》が……」
 とまだ話してしまわない中《うち》に、横に居った跛《びっこ》の乞食が、持っていた松葉杖で、若い男の頭をコツンと打ちますと、若い男はウーンと云って引っくりかえりました。
 乞食共は驚くまい事か、どうしたのかと聞きますと、跛はプンプン憤《おこ》りながら、
「何、その指環は俺が或る金持ちから貰ったのを落したのだ。こん畜生は泥棒だ。俺は指環を取り返さなくちゃならない」
 と云いながら、倒れた男を丸裸にして調べましたが、銅貨が二ツ三ツあった限《きり》で他に何もありませんでした。この様子を最前から見ていた禿頭《はげあたま》の紳士がありました。この紳士はこの町で名高い吝《けち》ん坊でしたが、つかつかと乞食の処に近よりまして、その若い男の死骸を買おうと申しました。そして乞食仲間に少しばかりのお金を遣って、若い男の死骸を買い取って、馬車に乗せて家に持って帰りまして、自分の居間に寝かしてお医者を呼びにやりました。そしてお医者が来ると禿紳士は、家《うち》中のものを皆遠ざけて、若い乞食の死骸を見せて、極く内緒でこの死骸をズタズタに切って、金剛石《ダイヤモンド》の指環を探してくれと頼みました。
 お医者は驚いて、私はそんな恐ろしい事は出来ませぬと断りますと、禿紳士は大層|憤《おこ》って、それではお前も一緒に殺してしまうと云いますから、仕方なしに承知して、それでは家《うち》に行って、人の身体《からだ》を切る器械を取って来てくれと頼みました。すると紳士は医者を室に閉じこめて、外から鍵をかけて、自分で器械を取りに行きました。
 この様子を
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