一部分ぐらいにしか考えない種類の男であった……という事実をハッキリと認識してもらえば、それで結構である。
ところでその私が、現在、ここで係官の許可を得て、執筆しているのは、そんな新聞記事の範囲に属する告白ではない。又は警察の報告書や、予審調書に記入さるべき性質の告白でもない。すなわち、その新聞記事や、予審調書にあらわれているような告白を、私がナゼしたかという告白である。……事件の真相のモウ一つうらに潜む、極めて不可思議な恐ろしい真相の告白である。……すべての犯罪事件を客観的に考察し、批判する事に狎《な》れた、頗《すこぶ》る鋭利な、冷静な頭の持主でも意外に思うであろう……[#ここから横組み]光明の中心×暗黒の核心=X[#ここで横組み終わり]……とも形容すべき告白である。
冗《くど》く云うようであるが、私はモウ一度念を押しておきたい。
あの新聞記事を徹底的に精読してくれた、極めて少数の人々……もしくは直感の鋭い、或る種のアタマの持ち主は直ぐに気付いたであろう。私はこの事件に就《つ》いては、どこまでも知らぬ存ぜぬの一点張りで、押通し得る自信を持っていた。如何なる名探偵や名検事が出て来ても、一分一厘の狂い無しに「証拠不充分」のところまで押し付け得る、絶対無限の確信を持っていた……という私の主張を遺憾《いかん》なく首肯《しゅこう》してくれるであろう。……にも拘《かか》わらずその私が、何故《なにゆえ》に自分から進んで自分の罪状をブチマケてしまったか……モウ一歩突込んで云うと、良心なるものの存在価値を絶対に否認していた私……同時に自分の手にかけた彼女に対しては、一点の同情すら残していなかった筈の私が……何故にコンナにも他愛なく泥を吐いてしまったか……ホンの当てズッポーで投げかけた刑事の手縄に、何故にこっちから進んで引っかかって行ったか……。
……こうした疑問は、あの記事を本当の意味で精読してくれた何人かの頭に必然的に浮かんだ事と思う。「何故に私が白状したか」という大きな疑問に、一直線にぶつかった筈と考えられる。
ところが不思議な事に、この事件を担当した警察官や裁判所の連中は、コンナ事をテンカラ問題にしていないらしい。現在私を未決監《みけつ》にブチ込んでいながら、この点に関しては一人も疑問を起したものが居ないらしい。それはこの点について、私に訊問《じんもん》した事が一度も無い……という事実が、何よりも雄弁に証拠立てている。
しかし考えてみるとこれは無理もない話である。彼等は私の自白にスッカリ満足してしまって、ソレ以上の事に気が付かないでいるのだから……。彼等は要するに犯人を捕える無智な器械に過ぎないのだから……そうしてそんな器械となって月給を取るべく彼等は余りに忙し過ぎるのだから……。
だから私はこの一文を彼等の参考に供しようなぞ思って書くのではない。あの記事を精読してくれて、私の自白心理に就いて疑問を起してくれた少数の頭のいい読者と、わざわざ私のために係官の許可を得て、この紙と鉛筆とを差し入れてくれた官選の弁護士君へ、ホンの置土産《おきみやげ》のつもりで書いているのだ。
そうして私の「完全な犯罪」を清算してしまいたい意味で……。
私は「彼女の死」以外に、何等の犯跡を残していない空屋を出ると、零度以下に冷え切った深夜のコンクリートの上を、悠々《ゆうゆう》と下宿の方へ歩いて帰った。それは、いつも新聞社からの帰りがけに、散歩をしている通りの足取であったが、あんまり寒いせいか、途中には犬コロ一匹居なかった。ただ街路樹の処々《しょしょ》に残った枯葉が、クローム色の星空の下で、あるか無いかの風にヒラリヒラリと動いているばかりであった。
すべてが私の予想通りに完全無欠で、且《か》つ理想的であった。「完全なる犯罪」を実行し得る無上の一|刹那《せつな》を、私のために作り出してくれた天地万象が、どこまでも私のアタマのヨサを保証すべく、私の註文通りに動いているかのようであった。こころみに下宿の門口《かどぐち》に立ち止まって、軒燈《けんとう》の光りで腕時計を照してみると、いつも帰って来る時間と一分も違っていなかった。
……彼女はモウ、これで完全に過去の存在として私の記憶の世界から流れ去ってしまったのだ。そうして私はこれから後《のち》、当分の間、毎晩その通りの散歩を繰返せばいいのだ。あの空家で彼女と媾曳《あいびき》することだけを抜きにして……。
そう思い思い私は下宿の表口の呼鈴《よびりん》を押して、閂《かんぬき》を外《はず》してくれた寝ぼけ顔の女中に挨拶をした。いつもの通りに「ありがとう……お休み」……と……。その時に、帳場の上にかかった柱時計が、カッタルそうに二時を打った。
その時計の音を耳にしながら私は、神経の端の端までも整然として靴
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