をホンの一寸《ちょっと》たたいたと思ったら、バッチリと生あたたかい手錠をかけてしまった。……と……私の背後の縁側からT刑事と、モウ一人の新米らしい若い刑事が、待ち構えていたように曲り角から出て来て、私の背後に立ち塞《ふさ》がってしまった。
私はその中でも見知り越しの二人の刑事の顔を、わざと不思議そうに見まわした。それから如何《いか》にも面目無い恰好《かっこう》でグッタリとうなだれる拍子《ひょうし》に、思わずヨロヨロとよろめいて横の壁にドシンと背中を寄せかけると、あとからT刑事がツカツカと近寄って来て、チョットお辞儀をするように私の顔を覗き込んだ。そうして私を憫《あわ》れむように……又は云い訳をするように、見え透いた空笑いをした。
「ハハハハハ。今の芝居に引っかかったね」
「…………」
「……相手が君だと滅多にボロを出す気づかいは無い。トテモ一筋縄では行くまいとは思ったが、チョット鎌《かま》をかけたら案外引っかかってくれたんで助かったよ。まあ諦めてくれ給え。決して悪くは計らわないからね……元来知らない仲じゃなし……ハハハハ……」
そう云うT刑事の笑い声が終るか終らないかに、頭を下げていた私は突然、脱兎《だっと》のように若い刑事の横をスリ抜けて、二階廊下の欄干《てすり》に片足をかけて飛び降りようとした。無論、自殺の恰好で……それを若い刑事にシッカリと抱き止められると、そのまま両手の手錠を、眼の前の欄干《らんかん》へ砕けよと打ち付けながら、泣き声を振り絞って絶叫した。
「……嘘です……嘘です……間違いです……この手錠を取って下さいッ……冤罪《えんざい》です。僕は無罪です。……僕はあの女を知ってます。けども関係はありません。どこに居るかさえ知らなかった……僕は……僕は毎晩十二時に社を出て二時キッカリに下宿へ帰って来るのです。ずっと前から……そうなんです……二三年前から……手錠を取って下さい。この手錠を……僕はテニスしに行くんです。天気がいいから……エエッ放して……放してエ――ッ」
しかしボールとテニスで鍛えた私の体力も、三人の刑事には敵《かな》わなかった。これも無論、最初から知れ切った事であったが、しかし法廷で知らぬ存ぜぬを押し通すためには、その準備行動として、是非とも一度、徹底的に暴れておかねばならぬと思ったので……それからモウ一つには同宿の連中や、近所隣りの家族た
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