を費《つか》い果すと大胆にも、昨、昭和八年の夏、又もや東京へ舞い戻って来て、小梅に同棲し、姦夫の戸若は三徳材木店専属のトラックの運転手となっていた。
そこで、それとなく様子を聞いてみると、蟹口運転手は、それ以来スッカリ自棄《やけ》気味となり、大酒を飲み習い、誰、彼の見境《みさか》いなく喧嘩を吹っかけるようになっている。何故だかわからないが戸若という若造を見付けたら直ぐに知らしてくれ。ブチ殺してくれるからと云っている……という運転手仲間の噂話なので、戸若はモウすっかり震え上ってしまった。すこし旅費が出来たら直ぐに都落ちをするつもりでいた。
そのうちに今年の春から幾らかの貯金が出来たので、イヨイヨどこかへ飛ぶつもりになったが、そのお名残《なご》りといったような気持で、ツイこの間の三月の末コッソリ蟹口の家の様子を覗きに行ってみると、裏庭の野菜や菊畑、屋根の南瓜《かぼちゃ》の蔓も枯れ枯れになって、ペンペン草が蓬々《ぼうぼう》と生えている廃屋《あばらや》の中に、泥酔した蟹口がグーグー睡っていた。その瘠せ衰えた髯だらけの恩人の姿を見た時に戸若は……ああ……済まない事をした……と思った。それ以来
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