。何もかも白状致します……ハイ……ハイ……」
戸若運転手は机の端にヒレ伏したまま涙をバラバラと落し初めた。
「……ちょっと待て……ちょっと……」
少々驚いたらしい交通巡査は、帳面片手に立上ってソソクサと部長室を出て行った。広間の大火鉢の前で煙草を吸っている巡査部長の傍へ近付いてコソコソと耳打ちした。
「そんな事を云い出したもんですから……どうも僕の受持ではなさそうです。ちょっと立合って頂きたいんですが」
巡査部長は面倒臭そうにアクビしいしいうなずいた。向い合って煙草を吸っている二人の刑事をかえり見た。
「この頃ソンナ話は聞かんな。姦通とか、二千円の盗難とか……」
二人の刑事は眼をパチパチさせて部長を仰いだ。一人が頭を左右に振った。
「おかしいですね」
「ブツカッた拍子に頭が変テコになったんじゃねえかな」
「ウム。とにかく君等も一所《いっしょ》に来てくれ給い」
部長と二人の刑事が交通巡査を先に立てて部長室に這入《はい》った。
四人の警官に取巻かれた戸若運転手はチョッと魘《おび》えたらしい。サッと唇の色をなくしたが、交通巡査が注《つ》いで遣った熱い茶を啜《すす》ると又一つホッと溜息をした。覚悟をきめたらしく、次のような奇怪な陳述を初めた。
戸若運転手は鹿児島の生れで、昭和六年に同郷の先輩蟹口運転手を頼って上京し、一所に東京虎の門の千番トラックに勤めていた。蟹口は好人物の変り者という評判であったが、兄貴分だけに戸若を色々と世話して、着物や金を与えた事が度々であった。だから戸若は蟹口を深く恩に着ていた。
戸若は千番トラックのギャレジの二階に寝泊りしていたが、蟹口は、淀橋《よどばし》で煙草店を出している妻女ツル子(二十五)の処から通勤していた。その妻女のツル子というのは、頑固な、グロテスクな顔をした蟹口とは正反対に江戸前のスッキリした別嬪《べっぴん》で、この上なしの亭主孝行、又蟹口も自烈度《じれった》いくらいの嬶《かかあ》孝行というのが評判であった。
蟹口夫婦の間に子供はなかったが、蟹口は植木物が好きで、狭い庭に縁日から買って来た朝顔や、茄子《なす》や、トマトの鉢を並べ、店先にも見事な朝顔や、菊を飾ったりしたので、それが目印になって煙草店が益々繁昌して行くらしかった。戸若は一度、そのツル子に会って今までの礼を云いたい云いたいと思っていたが、忙しいのでツイ機
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