、後悔の念が高まるばかりで、東京を離れるのさえ気が済まないような気がしていた。
そこへ昨夜、支配人から京浜国道の材木運搬を命ぜられて午後の十時から二回往復したが、最初は子安の近くを通るのが恐ろしくて仕様がなかった。もしや蟹口のトラックに行き合いはしないだろうかと思ってヒヤヒヤしいしい運転して行くところへ、向うから来たトラックがヘッド・ライトを消したから、こちらも直ぐに消したが、その消した瞬間に、蟹口の頑固な顎と、物凄く光る眼が、真正面に見えたのでゾッとしてスレ違った。
よもや気付かれはしまいと思ったが、思い出すたんびに頭の毛がザワザワして仕様がなかったので一旦、材木を積んで深川へ帰ってから、一杯酒を飲んで、モウ一度、往復するために、手拭《てぬぐい》で下顎を覆面して深夜の京浜国道を下った。
川崎の町あかりの中から見おぼえのある子安農場のトラックが出て来るのを見た時には、思わず緊張して鳥打帽を眉深《まぶか》く冠り直した。思い切って全速力を出した。ヘッド・ライトを消したまま猛然とスピードをかけて来るトラックの横をこちらはヘッド・ライトを消さないまま一気に駆け抜けようとしたが、その刹那に鬼のような形相に変った蟹口運転手が、思い切りハンドルを右に廻している姿がチラリと見えたと思う間もなく、轟然《ごうぜん》と衝突してしまった。こちらのトラックの方が新しくて頑固だったので、相手のヤワな車を引っかけて引ずり倒したまま二十|米突《メートル》ほど前進して停車したが、停車すると同時に相手のトラックのデッキに並んだ牛乳が大波のように舞い上って、そこいら中に滝のように降り注いだ事だけを夢のように記憶している。
今朝《けさ》になって正気付いて、病院から警察へ連れて来られて、表のタタキに茣蓙《ござ》を被《かぶ》せたまま置いてある、あの蟹口運転手のメチャメチャになった妖怪じみた死骸を見た瞬間に……壊れた額から飛出《とびだ》した二つの眼球《めだま》が私を白眼《にら》んでいるのに気付いた時に私はモウ一度気が遠くなりかけました。
蟹口運転手は私という事に気付いていたに違いありません。私と刺違《さしちが》えるつもりで、あんな事をしたに違いないと思います。
私は何もかも白状します。どんな罪でも受けます。そうして蟹口さんの怨みを晴らしてもらわなければトテも恐ろしくてたまりません。
妻のツル子に
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