、背後から花嫁の初枝が惚れぼれと見上げていた。栗野博士はそれに気付きながら気付かぬふりをしていた。
「いや。実はなあ。その患者が精神病者《きちがい》らしいでなあ」
「エッ……キチガイ……」
「そうじゃ。玄関に坐って動かぬと云うて来たでな。今日だけは私に委せておきなさい。まだ時間はチット早いけれども、ちょうど良《え》え潮時《しおどき》じゃけにモウこのまま、離座敷《はなれ》に引取った方がよかろうと思うが……あんな正覚坊連中でもアンタ方が正座に坐っとると、席が改まって飲めんでな。ハハハ……」
「……ハイ……」
「私たちもアトから離座敷《はなれ》へチョット行きますけに、お二人で茶でも飲んで待っておんなさい。今一つ式がありますでな」
「……ハ……ハイ……」
 新郎新婦は狭い、暗い処で折重なるようにお辞儀をした。そのままに立って見送っていた。

 玄関の夕暗《ゆうやみ》の中をズウーッと遠くの門前の国道まで白砂を撒《ま》いて掃き清めてある。その左右の青々とした、新しい四目垣《よつめがき》の内外には邸内一面の巴旦杏《はたんきょう》と白桃と、梨の花が、雪のように散りこぼれている。その玄関に打ち違えた国旗
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