光りを帯びて、土の上に滴《した》たり落ちるのが見えた。
 彼は、彼の足元の大地が、その涙の落ちて行く方向にグングンと傾いて行くように感じた。持っているビーカーを取落しそうになった。
 その時に彼に取縋《とりすが》っているオドロオドロしい姿が、泥だらけの左手をあげて、初枝の顔を指した。勝誇るように笑った。
「ケケケケ……エベエベエベ……キキキキ……」
 人形のような高島田の顔が、静かに雨樋の蔭から離れた。長々と地面に引擦《ひきず》った燃立つような緋縮緬《ひぢりめん》の長襦袢《ながじゅばん》の裾に、白い脛《すね》と、白い素足が交《かわ》る交る月の光りを反射しいしい、彼の眼の前に近付いて来た。
 彼はカプセルを自分の口に入れた。ビーカーの水を……その中にゆらめく月の光りを凝視しつつ……思い切ってガブガブと飲んだ。



底本:「夢野久作全集4」ちくま文庫、筑摩書房
   1992(平成4)年9月24日第1刷発行
入力:柴田卓治
校正:小林繁雄
2000年6月21日公開
2006年3月14日修正
青空文庫作成ファイル:
このファイルは、インターネットの図書館、青空文庫(http://www.a
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