スリッパを爪探《つまさぐ》った。薬局の横の扉の掛金を外《はず》して、勝手口の外側に出た。
軒下の暗がり伝いに足音を窃《ぬす》み窃み、台所の角に取付けた新しいコールタ塗《ぬり》の雨樋《あまどい》をめぐって、裏手の風呂場と、納屋の物置の廂合《ひさしあ》いの下に来た。
そこでは西へ傾いた月が、かなり深い暗がりを作って、直ぐ横手の白光りする土蔵の壁を、真四角に区切っていた。
彼は絶対に音を立てないように……まだ痲酔《まひ》しているであろう唖女の眼を醒まさないように、用心しいしい納屋の扉の掛金を外した。
……すると……納屋の中の暗がりで、突然にガサガサと藁《わら》の音がし初めた。たまらない乞食臭い異臭がムウと襲いかかって来た。……と思う間もなく獣のように髪を振乱した怪物……逞ましい、………………………唖女が飛出して来て、イキナリ彼に抱き付いた。心から嬉しそうに笑った。
「キイキイキイ……キキキキキ……」
その鵙《もず》さながらの声は月夜の建物と、その周囲をめぐる果樹園に響き渡って消え失せた。
彼は一切が破滅したように思った。眼も眩むほど胸がドキンドキンとした。全身にゾーッと生汗《な
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