この時にも、わざと傍道《わきみち》へ外れて、彼の家の背後の山蔭に盛上った鎮守の森の中へフラフラと歩み入った。そのヒイヤリとした日蔭の木《こ》の間《ま》を横切って行く、白い蝶の姿を見ても、又は、はるか向うの鉄道線路を匐《は》い登って行く三毛猫の、しなやかな身体附《からだつき》を見ただけでも、云い知れぬ神秘的な悩みに全身を疼《うず》かせつつ、鎮守の森の行詰まりの細道を、降るような蝉の声に送られながら、裏山の方へ登って行った。
忽《たちま》ち、たまらない草イキレと、木蔭の青葉に蒸《む》れ返る太陽の芳香《におい》が、おそろしい女の体臭のように彼を引包《ひきつつ》んだ。行けば行くほどその青臭い、物狂おしい太陽の香気が高まって来た。彼は窒息しそうになった。
むろん医学生である彼は、その息苦しくなって来る官能の悩みが、どこから生まれて来るかを知っていた。同時にその悩ましさから解放され得る或る…………誘惑を、たまらなく気附いているのであった。だから彼は、現在、蒸れ返るような青葉の芳香の中で、その誘惑を最高潮に感じたトタンに、自分のフックリと白い手の甲に……附いた。汗じみた、甘鹹《あまから》い手の甲
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